2016年06月20日

臨床ダイアリー9:怒りのコントロールについてー3−

臨床ダイアリー9:怒りのコントロールについてー3−
 漢字の「感情」とは物事に感じて起こる心のはたらきをいい、感じるの「感」とは神が民の祈りに「心が動く」ことを表し、心に感じること、「おもう」ことを意味します、ということを前回のブログで書きました。このことで興味深い話があります。『日本・日本語・日本人』(新潮選書)で国語学者の大野晋と評論家の森本哲郎が日本人の際立った特徴について丁々発止の議論を進めます。森本は一茶の「やれ打つな蠅が手をする足をする」という俳句を例にとって「(日本人は)情緒的で感覚の面で傑出していると思いますよ。しかし、同時に観察力だって、かなり鋭いものがあるんじゃないですか」と論を展開するのに対して、大野「俳句は一瞬を見るかだけではないですか。・・・それは感じるんです」と感じる心を主張します。
 私は大野に軍配をあげたい。その理由は、西行が伊勢神宮を参拝したときに詠んだ歌を思い出すからです。西行は感じる心を次のように歌い上げます。「何事の おわしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる」。西行は何も見ていない。只々、感じて伊勢の地に額ずいて涙するのです。やはり感じる心が際立っていると思いますね。他方、物事を観察し分析する能力は西欧人の方が日本人よりも高いでしょうね。ですので、西欧の人たちが怒りの感情をどのように理解したか、精神分析を叩き台にして考えてみましょう。 
U.攻撃性の精神分析
 人間の心理を深く探求したのは精神分析を打ち立てたユダヤ人フロイトです。フロイトは今のハンガリーに生まれ、4歳のときにオーストリアのウィーンに移住し、ウィーン大学医学部を卒業しました。神経病理学の講師を経て、パリの高名な神経病学者シャルコーの下に留学。そのときにヒステリーに関心を持ち、帰国後精神分析を編み出した偉大な天才です。実はシャルコーは催眠術によってヒステリー症状を出現させたり消去したりすることを劇場化した人なのですが、あるパーティでフロイトに「ヒステリーは性の問題が原因なんだよ」と耳打ちされたと言います。フロイトは、人間の心は無意識の葛藤に支配されるという仮説を打ち立て、自由連想によって無意識の葛藤を明らかにしてヒステリーを治しました。フロイトの精神分析は20世紀の精神医療の土台をつくり1960年代のアメリカの精神科教授の80%は精神分析家が占めるほどに隆盛を極めました。
 しかし、アメリカの経済状況がベトナム戦争後から次第に下り、ドルの力が弱くなると同時にコストパフォーマンスの悪い精神分析は徐々にその力を失っていきました。と同時に、生物学的精神医学の台頭によって1980年にはアンチ精神分析の色濃いDSM−Vの登場によって決定的な打撃を受けたのです。前回、述べた間欠性爆発症の登場もそうした流れの中に生まれた病名と言ってよいかと思います。人間の情緒や行動を脳にその起源を求めて、こころの在り様には無関心なのです。でも、心は脳が産み出したものなので、脳に回答を求めてもいいのではないかという反論も出てくるでしょう。しかし、思考することは脳機能の一部ですが、単純に脳機能だけに割り切れない部分があるのも確かな事実です。そのことを基本に心の中において怒りの精神分析的理解について述べていきましょう。
 ところで前回の臨床ダイアリーで脳科学の貢献について述べましたが、最初はアンチ精神分析だった脳科学者も21世紀になるとお互いに歩み寄りが見られ、精神分析の知見を脳科学的に解明しようという動きへと転回してきています。たとえば、幼少の頃、虐待を受け続けた子どもの多くは長じて境界性パーソナリティ障害へと成長する危険性が高いのですが、彼らの脳MRIを見てみると、確かに左と右の脳を繋ぐ脳梁が薄くなり、主に感情領域を司る右大脳半球だけが肥大し、言語領域を司る左大脳半球の萎縮が見られます。どういうことかと言いますと、虐待を受け続けると記憶と情動を司る海馬が萎縮すると同時に、右大脳辺縁系の興奮状態が続き、脳梁を経由して左大脳への情報が少なくなり左大脳半球は萎縮するということなのです。
 1.フロイトの理解
 フロイトは晩年になって「攻撃性」を「死の本能の派生物で、常に対象や事故に向かう破壊過程として顕在化する」と述べました。死の本能は『快感原則の彼岸』(1920)の中で提唱された概念です。フロイトは人間に認められるマゾヒズムや反復強迫といった現象は死の本能の現れと考えました。その始まりは外傷性神経症(今日の外傷後ストレス障害PTSD)に苦しむ患者が快感原則に反する不快な体験を繰り返し反復するのは何故なのかと疑問に思ったことから始まりました。PTSDの患者は悪夢やフラッシュバックに何度も苦しみます。人間はなぜこのような苦痛を自分に課するのか、という疑問にフロイトは死の本能(臨床ダイアリー『トラウマと反復強迫』を参照)という概念を用意したのです。そして、攻撃性は「死の本能」に組み込まれると考え、死の本能はすべてを無に帰す攻撃的な衝動で細胞レベルにまで押し進めました。
 フロイトは『マゾヒズムの経済的問題』(1924)の中で次のように述べています。「(多細胞)生物においてリビドーは、細胞中に支配する死あるいは破壊衝動の欲動にぶつかる。この欲動は、細胞体を破壊し、個々一切の有機体単位を無機的静止状態へ還元してしまおうとする。リビドーはこの破壊欲動を無害なものとし、その大部分を、しかもやがてある特殊な器官系、すなわち筋肉の活動の援助のもとに外部に放射し、外界の諸対象へと向かわせる・・・・・・・」と。
 果たしてフロイトの死の本能論は正しいのでしょうか?この問題を考える上で最良の質問があります。「なぜ人間は死ぬんですか?」という問いです。あなたは子どもからこのような質問を受けたらどう答えますか。それは、環境に適応できるように遺伝子をシャッフルさせるために、つまりオスとメスをつくって環境に適応できる遺伝子を残すことで種を保存していくのが目的だからなのです。ドーキンスの「利己的な遺伝子」という言葉のことです。生物は自分の遺伝子を残していくために様々な工夫をしているわけで死の本能はない、と言ってよいかと思います。
 単細胞である大腸菌は自分を分裂させて遺伝子を残していくので、環境さえ整っていたら永遠に生き永らえます。しかし、多細胞である人間は変化する環境に生き残るためにオスとメスをつくり遺伝子を残すために死に絶えるようになったのです。つまり多細胞に死の本能があるのではなく、遺伝子を残すために死を設定したのです。
 20世紀の分子生物学の貢献の一つに細胞の遺伝子に組み込まれた死のプログラムがあります。アポトーシス(細胞死)といって傷んだ遺伝子を残さないように生体防御として遺伝子が傷むとその細胞に死をもたらすプログラムを用意したのです。HIVに感染した細胞はアポトーシスを異常に亢進させ、ガン細胞で」はアポトーシスを回避するから増殖を繰り返していきます。癌細胞は条件さえ整えば増殖し続け無機物になるのを避けるのです。
 2.新フロイト派の反論
 フロイトの死の本能という想定は間違っていました。でも天才フロイトの考えに異を唱えることはできない。それに対して新フロイト派は声を大にしてフロイトに反論しました。サリヴァン(1953)は「攻撃性は不安を体験することによって生じる強い孤立無援感に対する防衛反応だ」、クララ・トンプソン(1951)は「フロイトの自己破壊性は、成長や自己保存に役立つ自己主張と、建設的なものにはまったく役に立たない攻撃とを十分に区別していない」、「攻撃心は、成長しようとするそして生命を支配しようとする内的な傾向に源を発している。この生命力が発展中に妨害された時にのみ、まさしく怒り、憤激あるいは憎悪などの要素がそれと結びつくようになる」、フロム(1973)は「人間やその他の動物がもつ攻撃性はいずれも、生存することや死活にかかわる利害に対する脅威への反応」だと主張したのです。フロイトが死の本能を想定したとき彼は口腔癌と第一次世界大戦という悲劇に遭遇し、人生に悲観的になっていました。フロイトは別れの際に必ず「これが今生の別れになるかもね」と口にするほどだったと言われています。それでも多くの精神分析家はペシミスティックなフロイトの思想を支持しました。
 3.「攻撃性」の精神分析ーフロイト以後ー
 その後、攻撃性に関する2つ立場が主流になっていきます。攻撃性を本能とみなす立場の欲動論=フロイト派と本能とみなさない、反応的で防衛的な立場の環境論の2つです。
 1)本能とみなす立場
 その旗振りはフロイトの死の本能論に忠実なクライン(1882−1960)です。彼女は『羨望と感謝』(1957)の中で「羨望」を死の本能のもっとも純粋な現われと考えました。個人においては生の本能と死の本能のどちらが生得的に優位かの違いがあるだけと考えました。死の本能の優位な乳児の場合、自分自身の荒々しい攻撃性を母親に投影し、その結果、母親から迫害されるという恐怖が生じると考えました。しかし、愛する人を傷つけるけど、その傷つきを修正する能力が母親にはあるという確信が育成されるとも主張しました。この考えを私は支持することはできない。クラインの死の本能は遺伝的コード(幻想)に絡み取られているので、母親が乳児から投影されたものを乳児が利用・消化できるようにして返したとしても、死の本能のコードによって解釈されるので乳児の心は変化しないと思うからです。相手に不信感を抱いているときにその思いが自身の攻撃性に支配されている場合、多少の信頼があれば修正は可能だとは思いますが、どんな誤解を解く説明を受けてもその考えに修正を加えることはできないからです。このことは私たちの日常場面を考えるとよく理解できるのではないでしょうか。
 2)反応的なものとみなす立場
 フェアバーン(1952)は「乳幼児の対象希求の満足が剥奪されたり不足したりすることに対する反応」だと述べて、ガントリップ(1969)は「攻撃性は一次的なものではなく、基本的な自我の弱さに対する防衛やその弱さを覆う、ほんのみせかけのものに過ぎない」とフロイトに異を唱えました。
精神分析界に大きな影響を与えた人はコフート(1913−1981)です。前回のダイアリーで説明した自己愛論を展開した、かつてはミスター分析家と呼ばれた人です。彼は、攻撃性は二次的なもので自己対象の共感不全(拒絶)から来る反応性のものだと主張しました。つまり、自己対象の共感不全による外傷体験(トラウマ)のために、自己愛者は常に蒼古的な誇大自己の映し出しを希求し続けると強調しました。例えば、小1になる子どもがテストで百点をとって急いで家に帰って母親に褒めてもらおうと「ママ、百点とったよ」と報告したとします。すると自己愛者の母親は「ママの言うとおりにしたから百点取ったのよ」と子どもの誇大性を映し出すのでは無く自分の手柄にするような母親なのです。
 精神分析に衰退の波が押し寄せてきたときに精神分析の救世主として登場したのはクラインの対象関係論とアメリカの伝統的な自我心理学を統合したカーンバーグでした。コフートは、自己愛は成長促進的か単に防衛に過ぎないと考え、環境の共感不全によって引き起こされる自己愛的憤怒を攻撃性の原型と考えました。一方、カーンバーグは生来の攻撃性を重視し、発達論的に欲求不満にさせる母親への強い愛着が怒りから憎悪への変化の究極の起源である、としました。何れが正しいのか精神分析界は二分したのです。
 4.ビオンとウィニコットの理解
 クラインの対象関係論を独自に発展させたのはビオン(1897−1979)とウィニコット(1896−1971)です。ビオンはクラインの死の本能論に表だって反対はしなかったけど、母親が乳児の投影同一化(乳児が自身の攻撃性を母親に投影し母親が自分を攻撃してくるという幻想を持つこと)のコンテイナーとしての役割を受け入れないと、乳児にとっては外傷(トラウマ)になると言いました。これをビオンは連結への攻撃と呼びました。そして連結への攻撃は乳児の欲求不満耐性と母親のコンテイン機能に左右されると言って、死の本能は想定しなかったのです。彼は乳児の攻撃性を乳児が抱え・消化できる形で返すというクラインの解釈技法を発展させました。母親のコンテイ機能と夢想するアルファ機能が乳児の攻撃性を乳児にとって毒にならないようにする治療技法として発展したのです。
 ウィニコットは、精神疾患は環境の失敗に原因を求めました。環境からの侵襲と「偽りの自己」の肥大化です。乳児のニーズを読み取れない母親に育てられると、そんな母親に依存していないと生きていけない乳児は母親に適応的な偽りの自己をもって適応すると考えました。この偽りの自己は表面的には過剰適応ですが、内面的にはパーソナリティの歪みとなって残り、思春期の頃から「自分が自分でない」「私はなんのために生きているのだろうか」「イキイキと生きている気がしない」「自分の存在意義が分からない」という至極真っ当な悩みに苦しむようになるのです。ウィニコットは偽りの自己に早く気づかせることが大切だと強調します。そして、その治療では分析家が、患者が抱えられない諸問題を一時抱える(ホールディング)機能を重視しました。
 次いで、1980年代になって第三の流れがミッチェルら関係理論の立場から提唱されました。「攻撃欲動は存在するのかそれとも存在しないのか」という二者択一の立場を避けようと努力奮闘する接近法です。「私のこの接近法は、攻撃性の起源について考える場合には、攻撃欲動への信仰を棄てた人たちと一致しているが、しかし攻撃性の普遍性や深さや力動的中心性について考える場合には、攻撃欲動への信仰を保持してきた人々にかなり近いものである」と弁証法的緊張関係を失わずに治療を継続するやり方です。良いとこ取りの考え方ですが、簡単に割り切ろうとしない態度は見習う価値があります。
 私は1980年に精神科医になって、不登校、家庭内暴力の思春期青年期患者やリストカットや過食嘔吐を慢性的に繰り返し自分で止めることができなくなった患者さんを多く治療してきました。その時に人間だけ(?)がもつ「憎悪」に関心を持ちました。なぜ人間は愛着を求める対象を憎悪し続けるのか、という疑問でした。言葉を変えると、依存する対象(親)に暴力を振るうのは何故なのか、です。自己愛的憤怒は憎悪を生む、と同時に、憎悪には愛着が関与する、という答えを見出しました。そして、プリミティブで未分化な対象関係の解明から境界性パーソナリティ障害の治療論を展開してきました。  
 本人も周囲も攻撃性に苦しむ中で治療困難例はカーンバーグが強調する@自己愛的、A反社会的、B妄想的に現実を切り取る思考パターン、の3つが整っている場合です。私は攻撃性に苦しむ境界性パーソナリティ障害の治療にトラウマ論を導入することによって治療の打開策を講じ、成功することが可能になりました。臨床ダイアリー『静かなるBPDと社交不安症』の中で触れた荒々しいBPDの治療論です。荒々しいBPDは母親への愛着が強く、幼少期の愛着障害のために憎悪を内に秘めて成長した人たちです。親が悪い、という視点だけでは永遠に親を憎み続けるだけで一向に治療は進展しません。主体的に自分の問題にケリをつけられるようになるのは、このトラウマ論の導入だと思っています。
 5.さいごに
 攻撃性を精神分析的にどう理解するかというテーマに沿って述べてきました。攻撃性を本能論と反応論という対極する考え方を取り上げ、その矛盾を解決するためにビオンとウィニコットの貢献について論じてきました。そして、私のトラウマ論を少しばかり隠し味として取り上げてみました。いよいよ、次回は「感情のコントローについてー4−」です。具体的に感情をどのようにコントロールしたらよいかについて述べる予定です。
posted by Dr川谷 at 11:02| Comment(0) | 臨床ダイアリー

2016年06月19日

臨床ダイアリー8:怒りのコントロールー2−


2016.06.19:『怒りのコントロールについてー2―』
 皆さんは感情のコントロールをどのようにしていますか。子どものように感情をそのまま表に出すという方法から、感情をしばし心の中に抱え、その感情と向き合いながら言葉にしていくという洗練されたやり方までいろいろだと想像します。「感情をそのまま表に出すのはコントロールの失敗だと思います。感情は出さないように抑えています」という方もいるでしょうね。しかし抑えているだけでは脳にストレスを与えるだけでいつかは爆発するかもしれないですね。
 今回は日々の臨床で問題になる怒りの突出に苦しむ患者さんの話になります。アメリカ精神医学会(APA)が出版した最新版のDSM−5を下に説明しようと思っています。

U.精神科臨床における「怒り」の問題
 日々の臨床で問題になる「怒り」の突出はパーソナリティ障害、間欠性爆発症の二つが代表的です。それを最新の脳科学の知見を加えながら述べていきましょう。
 1.パーソナリティ障害
パーソナリティ障害で「怒り」の突出が問題になるのが反社会性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害、回避性パーソナリティ障害の4つです。それでは順に説明していきましょう。  
 1)反社会性パーソナリティ障害APD 
 DSM−5によるとAPDの典型的な特徴は「法および倫理にかなった行動に従わないこと、および自己中心的で冷淡な他者への配慮の欠如であり、虚偽性、無責任さ、操作性や無謀さを伴っている」。日本では本疾患の医療機関への受診例は少なく、私の臨床でも治療経験はありません。それでこれくらいでスルーしましょう。
 2)境界性パーソナリティ障害BPD
 「怒り」の突出で本人も周囲の者も困り果てる代表がBPDです(詳細は川谷医院のエッセイを参照してください)。BPDの臨床的特徴は不安定さです。対人関係、自己像、感情が不安定で衝動コントロールの失敗(浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食)が特徴です。「怒り」は主に見捨てられ不安に起因します。恋人が約束時間に2,3分遅れた、約束のキャンセルの電話が入った、同棲している彼がいつもより朝早く仕事に出ていこうとした、という事態になるとパニックになり怒りの突出が出現するのです。また、世話を焼いてくれる人が「(傍目にはそうでもないのですが)冷たい、自分を見捨てた」と思う瞬間に相手を罵倒し、嫌味を言い貶し続け、自分の怒りをコントロールできなくなる。そして、そのあとで自己嫌悪に陥り、「自分は駄目な人間」とうつ状態になる。この時に自傷行為が見られることがあります。公式は見捨てられる不安⇒怒りの突出です。
 3)自己愛性パーソナリティ障害NPD
 NPDの特徴は誇大性、賛美されたいという欲求、共感の欠如の三つです。BPDと違ってNPDの「怒り」の突出は見捨てられ不安は小さく、批判や挫折による傷つきやすさに起因します。注目を浴びなかった、無視された、面目を失った、恥かいた、と感じた時にその心理は外には表さないが、代わりに相手を軽蔑したり、激怒したり、憮然として反撃するのです。中小企業のワンマン社長を想像したらよいでしょう。最近では、ベンチャー企業で成功した自己中心的で他人の話を聞こうとしないワンマン社長もNPDと診断されることがあります。NPDの多くが幼少の頃から共感不全の母親に育てられ、自尊心が肥大しているために傷つきやすいのです。中島敦の『山月記』の臆病な自尊心と尊大な羞恥心と呼びたい心性が特徴です。後に説明するAvPDと共通する心性を持っているのですが、NPDでは社会的に引きこもりは少なく社会達成度も高いので鑑別は容易です。
 NPDに見られる「怒り」を精神分析的には「自己愛的憤怒narcissitic rege」といいます。精神分析事典によると「羞恥心が誇大自己の肥大した顕示性に関係するのに対して、怒りは誇大性に対応している。つまり誇大感や全能的な支配欲が受け入れられないときの怒りで、容赦のない破壊的なものである。怒りの対象にされる相手は自分の思い通りに支配できる体の一部のように感じられている自己対象であり、この点で、相手を自分とは異なる独立した人格として体験している成熟した怒りとは区別される」(舘)のです。この他者を自分の一部という心理を自己対象と専門的にはいいます。つまりNPDは相手が自分の求める対象でないと感じた時に怒りが突出するのです。公式は自己愛の傷つき⇒怒りの突出です。
 4)回避性パーソナリティ障害AvPD
 精神科読本シリーズの『ひきこもり青年』と重複する個所があるかもしれませんが、本格的に説明するのは今回が初めてなので他のパーソナリティ障害よりも詳しく説明しましょう(日本サイコセラピー学会雑誌に投稿した2015年の『自己愛・回避性パーソナリティ障害の精神療法』から一部抜粋しています)。
AvPDの典型的な特徴は、DSM-5では「自分が、愚かで無能であると感じること、否定的評価および拒絶への不安にとらわれていること、および嘲笑または恥を怖れることに関連する、社会的状況の回避および対人関係での制止」です。分かりやすく説明しますと、AvPD患者はいろんな対人関係場面で強い不安・緊張を感じやすく、そのために対人関係を避けようとする機制(心のクセ)がパーソナリティに組織化された人たちなのです。
 彼らはなぜ対人関係に不安を持つのか?そしてなぜそれを避けようとするのか?AvPD患者は幼少の頃よりとても内気で恥ずかしがり屋です。この傾向は気質的要因(素因)として考えられ、DSM-5では回避行動は幼少期および小児期から見られるといいます。生活史の中で入園時の集団への適応を見ると、その姿を追うことができるでしょう。この内気さは、成長とともに、特に10歳前後から、その度合いを強めていきます。10歳前後は自己を他者の目を通してみる客観性の能力を獲得する重要な時期であると同時に、心理的に危うい時期でもあります。客観的に自己と他者を比較できるようになるので、この時期の傷つきはトラウマになりやすく、子どもたちに劣等感と恥を植え付けていくことになるからです。何かと人と比べるクセが強い人は劣等感の塊か羨望の虜になるので人生を生き辛くします。そして青年期に「自分は人よりも劣っている」「つまらない奴」「化けの皮が剥がれる」といって人と接することを避け、社会的に孤立し、引きこもり青年へと成長していくのです。
この回避行動を力動的に読み直すと、「幼児的万能感」を巡る防衛と言い換えることができます。外見的には内気で臆病に見えるが、内的にはとても尊大。尊大であるが故に傷つきやすく、あらゆる対人関係場面を避けようとする。この矛盾する心理を作家中島敦は『山月記』で「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」と呼んだのです。AvPDはこの自己矛盾を他者とのあいだで経験・展開しない故の悲劇と言い換えることができます。
 さて、AvPDの怒りについて説明しましょう。一見すると、臆病で内気な人がある日突然、豹変して感情を爆発させるのです。挫折すると感情の大爆発(自己愛的憤怒)が起きる者が少なくとも半数はいます。この感情の大爆発のことはDSM-5では取り上げられてはいません。でも、私の臨床経験では確かな現象なのです。虎になるか怒りを爆発させるかの違いはあるのですが、その背景に「屈辱」という感情があるからなのです。
彼らのパーソナリティの特徴は、パーソナリティ発達に欠かせない対人関係を避けてきているのでパーソナリティ発達が停滞していると言えます。それでは彼らが発達に必要とした対人関係とは何か?屈辱の心理は自分がひとかどの人間ではなかったという現実の傷つきに起因します。なので傷つかないように対人関係を回避するです。すると、同世代の人と競争し、意見を戦わせ、ぶつかり、時には仲直りし、互いに支え・支えられる体験を経験していないということになります。
 ですので、私の臨床では以下のような治療過程を重視するようにしています。治療経過中の感情の爆発は避けがたい。爆発すると、主治医も大変だが、患者やその家族はもっと大変だからです。患者が苦手とする社交の場を回避する術は社会的自己を育てる場と時間を失うというマイナス面もあるが、失敗を重ね、幼児的万能感の爆発を避ける意味においてはプラスの側面があります。よって治療は、回避を保証することから始まります。社会に出て行くことを無理強いされずに保障されている限り患者さんは治療に通います、通い続けることは年齢を重ねるだけで、社会への門を狭め、閉ざしていくことになるという背に腹を変えられないジレンマが患者、家族、そして主治医に襲い掛かってきます。人によっては家族に暴力を振るう人もいます。この矛盾を患者さんが早急に解決しないように、あるいは立ち直れる程度に何度か失敗を繰り返して、抱え・生き続けることを支えることが治療の肝要になるのです。その後に患者さんの内省能力が一気に高まる現象が見られます。そうすると、おっかなびっくりですが、ショートケアや就労支援ドンマイに行ってみようかという第一歩を踏み出せるようになるようです。公式は屈辱⇒怒りの突出です
 2.間欠性爆発症
 DSM−Wから間欠性爆発症Intermittent Explosive Disorderという病名が登場しました。DSM−5では秩序破壊的・衝動制御・素行症のなかに分類されました。何やらおどろおどろしい病名ですね。その「怒り」はあたかも間欠泉のように、何かの拍子に爆発して癇癪や激しい非難や暴言や喧嘩としてオモテに現れるといいます。典型的には爆発の持続時間は30分未満で親密な友人や仲間との間でおきた些細な出来事に反応して起きるようです。些細なというのは「そんなことで怒らんでもいいじゃないか」とあっけにとられるようなことです。私にもちょっとあるかな。反省せねばなりませんね。間欠性爆発症の病因には環境要因と遺伝要因の2つがあって、前者では生れてから20年の間に身体的および情動的トラウマの既往がある人、後者では第一度親族に間欠性爆発症の危険性が高い人がいる、と言われています。
 些細な刺激で衝動的(または怒りに基づく)攻撃性の爆発が特徴で、神経生物学的にはセロトニン作動性異常の存在が支持されています。特に前帯状回や前頭眼窩皮質などで異常が見られると言われています。このことは、癇癪もちの人が脳の病気として診断される時代になったということを意味します。果たしてそれでいいのだろうか?科学を私たちの生活に多大な恩恵を与えてくれました。しかし、原子爆弾と同じように、負の側面ももたらしたのも事実です。癇癪もちを病気扱いするのではなく、かつ異常性格者と片付けるのでもなく、一人の人間として抱えていく社会が必要な気がします。
 3.脳科学の貢献
 古来、日本人は感情を表に出すことを厭わない民族でした。漢字学者の白川静によると、感情とは物事に感じて起こる心のはたらきをいうようです。神が民の祈りに「心が動く」ことを感といい、それですべて他に感じて「こころうごく」ことを感、また心に感じること、「おもう」ことを感というようになったようです。この心理的な表現を脳科学ではどう言い表すのでしょうか。
 感情的・衝動的な行動を抑制するのは眼窩前頭部前頭全野(OF)の部位が担当してします。この部位に何かの原因で損傷を被るとエッチで間欠性爆発症みたいな人になります。前部帯状回(AC)という脳の部位は感情の制御、社会的な行動(母性)、注意、現実原則を受け持っています。扁桃体と眼窩前頭部前頭前野(OF)の関係を見ると、OFの外傷は粗暴で衝動的な行動に走りやすいと説明したように、BPDの病因説と考えられています。幼少期にこの部位に故障が起きると、つまり子育て中に虐待などを受け続けると、この脳の部位に過剰の興奮が続き機能不全に陥りBPDの病因になるという説です。慢性的な心理的・身体的虐待はOFと扁桃体との間に太いパイプを形成できることが不可能になり、臨界期3才までに「社会的な脳」を育てることに失敗するということまで解き明かされました。これがパーソナリティ形成の環境因を脳神経学的に捉えなおした説明です。
 一方、犯罪者における「攻撃性」を扱う犯罪精神医学では人間の持つ「怒り」をどのように考えているのでしょうか。この分野の第一人者の福島(1998)は殺人を犯した被告人57例のMRIとCTを調べてみたところ、以下のような違いが見られたと報告しています。
  1.半数以上に微細な器質的異常
  2.二人以上の大量殺人者→92%に異常
  3.殺人者以外の場合の異常は5%。正常者で1%以下
 A・レイン(1997)は殺人者の脳PETを調べ、以下のように報告しています。
  前頭葉機能の低下
  左の扁桃体、視床、正中葉の機能低下
 人間の心を理解するための脳科学の貢献は大きな成果をもたらしました。しかし科学には負の側面が付きものです。正と負の影響をバランスよく保っていないと、人間の心と行動を何もかも脳のせいにしてしまうと、人間の本質を見逃してしまう危険性があります。最近の発達障害という病名にもその弊害が起きています。人間の諸問題を発達障害という病名の責任にして、「あいつは発達障害やけん」と差別感情むき出しにするのは避けたいものです。心の問題を扱う精神科医や心療内科医にこそ、時間をかけ人間の心と行動に関心を持ち続け、探求していく長い道のりを厭わないという情熱を持ち続けることを期待したいものです。精神分析的な人間の理解は答えを見つけるまでに長い道のりをかけようとします。単純に「病名」でけりをつけようとはしない学問です。だからこそ私は精神分析を日々の臨床の基礎としているのです。
posted by Dr川谷 at 09:00| Comment(0) | 臨床ダイアリー

2016年06月13日

臨床ダイアリー7 怒りのコントロールについて

臨床ダイアリー7

2016.06.12:『怒りのコントロールについて』

T.はじめに
 前回から3週間が経ちました。6月上旬の日本精神神経学会の準備のために時間のゆとりがなかったからです、と言い訳をしながら、今回のタイトルは最近よく相談される「感情のコントロールについて」です。その中で臨床的に問題になるのは「怒り」の感情が圧倒的に多いので、タイトルを「怒りのコントロール」と題しました。
 詩人で劇作家の寺山修司は怒りについて戯曲『さらば、映画よ』の中で次のように述べています。「たまには怒ったら、どうですか?怒ると、人間らしくなる。少なくとも怒れるってことは植物じゃできないことだからね」と怒りを人間に備わる真っ当な感情として取り上げました。怒られる方の迷惑については論じてないのですが、『家出のすすめ』にもこんな個所があります。「怒りというのは排泄物のようなもので、一定量おなかのなかにたまるとどうしても吐き出さざるを得なくなる」と生物体として生きる限り当然起きる感情とまで言っているのです。
 そう言えば、野球漫画『巨人の星』で飛雄馬の父親は怒ると卓袱台をひっくり返していましたね。テレビの『寺内貫太郎一家』では何か気に入らないことがあるとすぐに卓袱台をひっくり返す貫太郎のシーンは番組の定番でした。昭和の父親というと気が難しくて短気で頑固でした。外ではどうだったか知りませんが、家ではよく切れていました。昔の日本人、特に父親はよく怒っていました。
 私が小学校6年生に上がるときに担任がS先生と知って嫌だった思い出があります。S先生は切れると暴力を振るうことで有名だったからです。中学ではもっとひどかった。ある朝、担任Kが教室に入るなり「男子は立て」と言って、持参した青竹で男子の坊主頭をゴン、ゴン叩いていくのですから、たまったものではなかった。なぜ担任が腹を立てていたのか理由は言いません。プライベートで嫌なことがあってその憂さ晴らしに坊主頭を叩いていたのでしょう。今だったら大問題ですね。校長、教頭、担任が揃って頭を下げるシーンがテレビで放映されるでしょう。
 それから50年後、日本人は怒りを問題視するようになりました。「父親」の力が攻撃性の抑止力になっていたのが、第二次世界大戦後「父親」の力が弱くなった途端に様々な問題が噴出してきたのでしょう。最初に社会問題として現れたのが1970年代後半です。思春期の子どもが家族に振るう「家庭内暴力」です。そして境界性パーソナリティ障害や自己愛性パーソナリティ障害が怒りの制御が上手くいかない人たちとして登場しました。1990年代に入ると、ドメスティック・バイオレンス(DV)、教師を脅すモンスターペアレント、交際相手の執拗なストーカー行為、ヘイトスピーチ、などなど攻撃性が社会問題化してきたのです。海外に目を移すとテロ行為です。テロに対しては特殊部隊だけでは抑止できないことはわかりきったことです。平和を維持するのには攻撃性を抑える社会構造が必要なんですね。この社会構造を構築するのが21世紀の人類に与えられた課題なんでしょうか。生きていくのが難しくなってきました。
 寺山修司は「怒ってもいいんだよ」「怒るって人間である証拠なのよ」と攻撃性を弁護していたのに21世紀は力で抑え込まなければならない事態になり果ててしまっているのです。それは社会構造の変化とともに攻撃性の抑止力が弱体化してきたということを物語っているのでしょう。それと同時に、社会から個人にズームアップすると、あなたと私の関係でも「怒り」の問題に悩む人たちが増えてきて、怒りの制御が上手くできないと人間社会で生きていけないという事態まで起きているのです。本エッセイでは1対1という対人関係で問題になっている「怒りの上手なコントロールの仕方」について述べようと思います。
 以下の予定
臨床ダイアリー8
 精神科臨床における怒りの問題
  1.パーソナリティ障害
  2.間欠性爆発症
  3.怒りの脳科学の貢献
臨床ダイアリー9
 攻撃性の精神分析
  1.フロイトの理解
  2.フロイト以後の理解
  3.ウィニコット・ビオンの貢献
臨床ダイアリー10
 怒りのコントロールの仕方
posted by Dr川谷 at 10:54| Comment(0) | 臨床ダイアリー