2016年09月19日

臨床ダイアリー12:私、コミュニケーションが苦手です

臨床ダイアリー12:私、コミュニケーションが苦手です

2016.09.19(月曜日)
T.はじめに
 時々「コミュニケーションが苦手です」という相談を受けることがあります。それも20代から40代と幅広い年齢層の方からです。コミュニケーション障害というと、幼少期の頃に見られる子どもの病気です。なのに、川谷医院を受診される方の多くは青年期以降の人たちです。
 よく話を聞くと、子どものコミュニケーション障害という病気ではなくて、社交不安症のためにコミュニケーションが取れなくなっている人がほとんどです。本拙論では、子どもの『コミュニケーション障害』については後日述べることにして、今回は「私、コミュニケーションが苦手です」という主訴で受診される思春期から大人の方の診断と治療について説明しようと思います。

U.社交不安症について
 人前で緊張し、そのために声が震え、手に汗をかき、顔は引きつり、頭の中は真っ白になり、対人交流が滑らかにできないために、「私はコミュニケーションができないので、発達障害と思って受診してきました」という患者さんは少なくありません。さらには、「私は自分では変わっていないと思うのですが、他の人たちからは変わっていると思われている」と悩む患者さんもいました。
 共通するのは、「うまく会話ができない」という主訴です。「Tシャツを買いにお店に入って店員さんが近づくと逃げるように帰ります」という人、留守番をしているときに宅急便がやってきても「原則、私は出ません。居留守を使います」という青年、そして「PTAや地域の交流会などでとても緊張して、できたら避けたいけどそれもできないので、とても辛いです」と訴えるお母さんも少なくありません。大学を出たばかりのある女性会社員は「会社で電話に出ることができません」と泣きながら受診されました。ワンフロア―の一画に十人ほどの部署があり、そこに彼女のデスクがある。黙々と働いている他の社員を前に電話に出ると、周りの人が聞いていると考えると、会話をするのができないというのです。このような相談は、20年以上前は少なかったと記憶しています。
 それ以前は、対人恐怖症の若者が多かった。対人恐怖症とは日本の文化に根ざした社交不安症に近い病態で、中には「自分の視線が他人を不快にする」といって妄想的に解釈する人います。後に詳しく説明しますが、対人恐怖症と社交不安はとても似た病態ですが根本的な違いが見られます。
それでは、社交不安症(SAD)の説明に入ります。川谷医院のHPから精神医療相談室をクリックしていただくと、「精神医療相談室 ドンマイ」に移れます。そこの川谷大治のエッセイに『社会恐怖(社交不安障害)』の項目に辿り着けます。ずいぶん前のエッセイで分かりづらいという評判の高い論文で、名誉挽回で今回は分かりやすく説明したいと思います。
 1.DSM−5の『社交不安症』
 診断基準を以下に示します。
 A.他者の注視を浴びる可能性のある1つ以上の社交場面に対する,著しい恐怖または不安。
   例:社交的なやりとり(例:雑談すること、よく知らない人に会うこと)
     見られること(例:食べたり飲んだりすること)
     他者の前で何らかの動作をすること(例:談話すること)が含まれる。
  注:子どもの場合、その不安は成人との交流だけでなく、仲間たちとの状況でも起きるものでなければなら    ない。
 B.その人は、ある振る舞いをするか、または不安症状を見せることが、否定的な評価を受けることになると   恐れている(すなわち、恥をかいたり恥ずかしい思いをするだろう、拒絶されたり、他者の迷惑になるだ   ろう)。
 C.その社交状況はほとんど常に恐怖または不安を誘発する。
  注:子どもの場合、泣く、癇癪、凍りつく、まといつく、縮みあがる、または、社交状況で話せないという    形で、その恐怖または不安が表現されることがある。
 D.その社交的状況は回避され、または、強い恐怖または不安を感じながら耐え忍ばれる。  
 E.その恐怖または不安は、その社交的状況がもたらす現実の危険や、その社会文化的背景に釣り合わない。
 F.その恐怖、不安、または回避は持続的であり、典型的には6カ月以上続く。
 G.その恐怖、不安または回避は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域   における機能の障害を引き起こしている。
 H、I、J:物質や他の精神疾患(パニック障害、醜形恐怖症、自閉スペクトラム症など)ではうまく説明さ   れないし、身体疾患とは無関係である。

 「注」として子どもの場合が取り上げられていますが、社交不安症はアメリカの場合発症年齢は75%が8〜15歳と言われ、その平均値は13歳です。川谷医院を受診された小学生の中に学校から帰ると玄関先でおもらしする少女がいました。しばらくして、彼女は学校のトイレを「他に誰かがいると排尿できない」という社交不安症状のために使うことができないということが分かりました。それで学校では排尿を我慢し続け、やっと家にたどり着いてほっとした瞬間におもらしをするという事実が分かりました。母親にはそのことをずっと秘密にしていたのだそうです。内気さゆえにトイレを使えないので、「内気な膀胱症候群shy bladder syndrome」と呼んだりもします。
 社交不安症は気質要因の強い疾患です。その気質とは「行動抑制と否定的評価に対する恐怖」です。親戚や祖父母、ときには両親のどちらかが若い頃社交不安症で苦しんだ人が少なからずいるようです。とは言っても、環境の影響を否定することはできません。子どもの頃の虐待は社交不安症の危険要因の一つです。人と視線を合わせられないという成人例に幼少期の父親による厳しい叱責が原因だった症例を私は経験しています。
 2.対人恐怖症との違い
 次に、対人恐怖症との違いに入りましょう。対人恐怖症は日本の文化に根ざした病態で昭和の時代には電信柱に「赤面恐怖治します」などの広告を目にする機会によく遭遇しました。福岡で目にすることは滅多になかったけれど、学会や研究会で東京に出かけた時などに下町ではよく見かけました。対人恐怖症の症状は実に多彩で、赤面恐怖(顔が真っ赤になるのを恐れる)、大衆恐怖(大勢の人たちの前に出るのを恐れる)、演説恐怖(人前でスピーチをするのが恐い)、談話恐怖(誰かと雑談をするのが恐い)、正視恐怖(視線を合わせるのが怖い)、劣等恐怖(自分が人より劣っているのではないかと過度に恐れる)、交際恐怖(誰かと交際するのがとても怖い)、異性恐怖(異性が怖い)、長上恐怖(年長者が怖い)、などがあります。私が精神科医になった頃はこんな用語を使っていました。現代流に言うと、()の中で説明しているようにDSM−5の社交不安の症状の一つ、一つに妥当します。
 このように対人恐怖症はしばしば社交不安症の診断基準を満たしていますが、中には他の人を不快にさせるという恐怖と関連していて、この恐怖は妄想的に解釈されることが両者の大きな違いです。先に説明しましたように、「私の視線が他者を不快にさせる。それで彼らは目をそらし私を避ける」というのを「自己視線恐怖」と呼んでいます(詳細はドンマイのエッセイを参照)。しかも、わが国で対人恐怖と言われる病像そのものが欧米諸国では比較的少ないと言われていました。ところが、1980年に出版されたDSM−Vで『社交不安障害』という疾患名が登場するのです。つまり、アメリカにも人前でビビる人たちがいる、ということを公にしたのです。それ以前は、アメリカでは自己主張を重んじますので、人前で緊張するような小心者は存在しないというアメリカの精神文化があったために、対人恐怖症という病名を認めようとしなかったのです。そして社交不安症がSSRIという薬に反応することが分かり、日本でも対人恐怖症は脇に置かれて社交不安症という病名が注目されるようになったのです。
 日本でも、新しいSSRI系薬剤が販売されると、その宣伝効果もあって薬を求めて社交不安症の患者さんがクリニックを受診するようになりました。その一部に対人恐怖症者がいるのです。確かに川谷医院でも対人恐怖症と診断される人たちは少なくなって、逆に社交不安症がうなぎ上りに増えています。
それは何故でしょうか?ある不登校の男子高校生の治療を担当していたときのことです。彼は幼少の頃から内気で恥ずかしがり屋でした。運動会が近づくと熱を出してはよく休んでいました。両親との面接で彼の父親は私に、「私も息子の年頃には(緊張のために)顔が赤くなって人と接するのがとても怖かった。でも私は、空手を習うことでそれを克服しました。息子も私に似ていて内気で自分主張の少ない子どもです。私と違うのは、息子は努力してそれを治そうとしないことです」と嘆いていました。
 この親子に示される症状に対する態度の違いが対人恐怖症と社交不安症の2つ目の特徴です。つまり、社交不安症では回避、対人恐怖症では克服という症状への取り組み方の違いが見られるのです。それは精神科治療を求める動機にも現れます。両者とも不快な症状から何とか逃れたいというニーズは同じなのですが、対人恐怖症者は精神科治療で自分を高めようという積極的な動機があるのに対して、社交不安症者は回避機制が強く自分を変えたいという治療動機は小さい。場合によっては薬だけを求める人も少なくありません。対人恐怖症者は回避行動を自ら克服しようとするエネルギーを持っていますので、薬を飲むのを嫌がる人が多い。薬に頼る自分を恥じるのです。父親世代では、逃げる(回避)のは卑怯という武士道精神が根強いのでしょう。ですから、対人恐怖症の人には、わざわざ博多駅前の中央広場に出かけて人目に自分を晒すといった試みをする強者もいました。社交不安症ではそのエネルギーは回避行動(人に不審がられないように偽の自分を演じる)に費やされますので、精神科治療を求める態度や主治医に求めるニードや関係性の質が問題になります。
 親子で症状や治療への取り組みが違うのは、対人恐怖症を生み出した日本の文化が変貌したせいなのでしょう。対人恐怖症者のように「善なる方向へとどうか導いて下さい」といった言葉は社交不安症の患者さんからは余り聞かれません。何故なら、善なる方向は彼らにとっては恐ろしい道なので、それはあってはならないからです。日本人もDSMが似合う人間に変貌したと言えるのではないでしょうか。余談ですが、2016年上半期の芥川賞受賞『コンビニ人間』は、社交不安を持つ人が如何に人の輪の中に入るのに苦労しているかが手に取るように分かるので、一読を勧めます。
 この章を要約すると、対人恐怖症は社交不安症の診断基準をしばしば満たすけれども、中には妄想的に解釈されることがあること、また社交不安症は人目に晒されるのを回避しようという欲求が強いのに対して、対人恐怖症では武士道精神に則って回避行動を嫌い症状の元となる自分自身を変えようと努力する、という違いがあることを説明しました。
 3.社交不安症とパーソナリティ障害
 これまで見てきたように、社交不安症者は8〜15歳の間に75%の人たちが発症するわけですから、思春期に仲間体験を持てないということは、「自分とは何か」というアイデンティティ形成を暗くし、自分に誇りを持てなくなるというハンディを負いかねません。「自分は人とどこか違う」「みんなのように普通に生きていけない」という不安や劣等感を人知れず抱きながら生きていくとパーソナリティ発達も停滞するでしょう。それをイメージしやすいように症例を呈示したいと思います。プライバシーの保護のために実際の症例を呈示することができないので私の臨床経験をもとにした架空の人物に登場してもらいます(私にも社交不安症の気質があるので私の分身も登場させています)。
 【症例A:高校3年生の女性】
 Aは40代の両親と姉の4人家族。父親は酒癖が悪く、仕事から酔って帰ると家族によく暴言を吐いていた。母親は特殊な技能をもつ仕事に就いている。Aは酒乱の父親と話をする機会は少なく、父親の顔色を窺いながら、いつも明るい母親とだけ喋っていた。
 両親が共稼ぎのために1歳から保育園に通った。手のかからない子どもだったが、あがり性でダンスをするのをとても嫌った。しかし母親を困らせることはなく、手のかからないいい子だった。小学校に上がると、あがり性のために授業中に手を挙げることはなかった。教室に入るときに「おはよう」と言えず、こそこそと入室していたという。遠足や運動会や音楽の発表会が苦手で少しも楽しくなかった。でも、仲の良い子がいつもいたので学校は楽しかった。
 ところが、小学4年の3学期から「自分が人からどんなに思われているのか気になるようになった」。それから視線を合わせるのが辛くなった。そんな自分を仲の良い子にも気づかれないように教室では努めて明るく振舞った。皆には明るい子、と思われていたけど、内心はいつもビクビクしていた。次第に「私はコミュニケーションが苦手」と劣等感を抱くようになった。親しくない人の前だと緊張して、どう振る舞ったらよいのか分からず困惑することがあった。
 中学校に進学。音楽や理科や家庭科の時間に教室を移動するのがとても嫌だった。部活には「先輩や知らない人に気を使うのが嫌で」入らなかった。中1のある日、別の小学校から上がってきた女の子から「あんたキモイ」と言われたことをきっかけに、級友の話し声が自分のことを言っているのではないかと気になり出した。でも「笑顔が可愛いよ」と言ってくれた小学校からの友達の一言が支えになった。だんだん話せる人と話せない人ができて普通に喋ったりできなくなった。英語と国語の先生が授業中によく当てるので、それが怖くて2科目はしっかり予習をした。特に音読の練習は頑張った。その甲斐もあって成績も上がり希望の高校に入学できた。
入学した高校はきつかった。音楽を聴くのが好きで、趣味を通して仲の良い子はできた。でも、壁を作って自分の気持ちは口にしなかったし、そのことを悟られないようにしていたので、家に帰るとどっと疲れていた。朝、よく下痢をするようになって内科に通うようになった。高3になった時に、文化祭で彼女が朗読を担当するようになった。できない、と断ったけど音楽仲間の強い推薦を「え〜」と言いながら断りきれなかった。
 それから全く人と視線を合わせられなくなり、会話ができなくなった。さらに笑えなくなって、無理に笑おうとすると顔が引きつるようになった。中学生の頃も時々あったが、会話するときに言いよどんで頭が真っ白になることが増えた。そのため周りから「笑えない人」と言われた。周囲の動きに過敏に反応するようになり、自分の価値が周囲の評価に左右され「自分がない」状態に陥った。しかも、仲の良い子とそうでない子との接し方が分からなくなって、どんな顔をしたらよいのか分からなくなった。母親に相談して発表のときに緊張を緩和する薬をもらいにクリニックを受診した。でも薬の効果がなかったので通うのを止めた。母親には「大丈夫、大丈夫」と返事していた。でも学校も休みがちになって、担任からの連絡で母親が当院を受診させた。
 1)幼少期からの社交不安症の自然経過
 症例で取り上げたように、気質的要因「行動抑制と否定的評価に対する恐怖」が症状として現れる始まりは割と早いようです。それは人目にさらされるという状況で始まります。幼少の頃の様子を詳しく聞くと、「幼稚園の発表会で息子だけが後ろを向いていた」「舞台に上がるのを泣いて嫌がった」「ダンスを強制されるのを嫌った」などのエピソードとして語られることがよくあります。
 そして症例に示したように、小学校に上がってから人知れず社交不安症に苦しみだします。教室に入るときに「おはよう」と言うのが普通に言えないとよく聞きます。もちろん、授業中に自ら手を挙げることはできません。運動会や発表会など、人の目にさらされるのをとても嫌がり、当日になると心身反応のために学校を休んだりする子もいます。
 そこに10歳前後の自我の芽生えの時期がやってきます。この時期は自己を他者の目を通してみる客観性の能力を獲得する重要な時期です。と同時に、心理的に危うい時期でもあります。と言うのは、この時期の脳活動は短期記憶よりもエピソード記憶が優勢になり、過去の失敗や恥の体験を長く記憶に留めるようになり、かつ客観的に自己と他者を比較できるようになるので、この時期の傷つきはトラウマになりやすく、子どもたちに劣等感と恥を植え付けていくことになるからです。そして青年期に「自分は人よりも劣っている」「つまらない奴」「化けの皮が剥がれる」といって人と接することを避け、社会的に孤立し、引きこもり青年へと成長していく危険性を孕んでいるのです。社交不安症のもともとの症状に恥と劣等感とうつ症状が加わるわけですから、この時期を乗り切るのは大変な努力を伴います。
 2)社交不安症のパーソナリティ障害化
 小学校高学年からAは「コミュニケーションが苦手な自分」を意識するようになり、しかもクラスの人の評価が気になります。評価によって一喜一憂し、その度に嫌われないように、拒絶されないように、どう振る舞えばよいのか分からなくなっていきます。家ではいつもの自分で生活しているので家族には自分の辛さは分かりません。両親とも働いているのでこれまでのように心配かけないように振る舞っています。そんな彼女に追い打ちをかけたのが、中1のときにクラスメイトに「キモイ」と言われたことです。クラスでは「明るい、笑顔が可愛い」と評価されているので、この「キモイ」という評価はべつのことを意味しているのでしょう。
コミュニケーションが苦手だと気づいたAは、仲の良い子とそうでない子との間では緊張の度合いも違ったでしょう。ある人の前ではいつもの明るいA子、別の人の前では緊張し頭が真っ白になるA子であれば、相手によって態度や振る舞いが変わるのを「キモイ(ずるい嫌な奴)」と思われたかもしれません。それでも友達の「笑顔が素敵」という言葉に支えられ中学生時代を乗り越えていくのです。しかし彼女を待っていたのは文化祭で朗読すると言う地獄の試練でした。
 社交不安症の人が青年期以降にパーソナリティ障害化する危険性は低くない。社交不安に加えて、幼少期の家庭環境に問題があると、将来BPDへと発展する可能性が高くなります。それが“静かなるBPD”です。両親の離婚、虐待、逆ギレする母親、文字通りに反応する母親、などの環境で育ち、さらに高校を中退するような事態にでもなれば、さらにパーソナリティ障害化の危険性が高くなります。高校を辞めると、緊張場面からは解放されますが、自尊心は育たないし、自分がどれ程の人間か相対的に自分をみる機会を失うので、空想世界に自分を求めるしか手段がありません。すると、「他者」あっての「自己」なわけですから、高校中退は「自己」の成熟を停滞させます。それを私は“静かなるBPD”と呼んで今年6月の第112回日本精神神経学会で発表しました。臨床ダイアリー5:“静かなるBPD”で詳しく述べていますので。そちらを参照して下さい。
 4)回避性パーソナリティ障害
 さらに、引きこもりが長期化すると回避性パーソナリティ障害(以下、AvPD)へと発展する可能性も出てきます。T・ミロンによって提唱されたAvPDの典型的な特徴は、DSM-5では「自分が、愚かで無能であると感じること、否定的評価および拒絶への不安にとらわれていること、および嘲笑または恥を怖れることに関連する、社会的状況の回避および対人関係での制止」です。分かりやすく説明しますと、AvPD者はいろんな対人関係場面で強い不安・緊張を感じやすく、そのために対人関係を避けようとする機制(心のクセ)がパーソナリティに組織化された人たちなのです。それって社交不安症とどう違うの?と疑問を持った方は鋭い。両者は一つのベクトルに乗っているので、社交不安症者が社会から長い間引きこもるという状況はすでにAvPDに発展していると考えてよいでしょう。
 4.社交不安症の治療
 書いている間にどんどん長くなってきました。あれもこれも書こうとする私の悪い癖で、要点を絞れなくなるのです。適当なところで、区切りをつけて次に進みましょう。
1)薬物治療について
 先に、社交不安症はSSRI系の薬が奏効すると述べました。私の臨床経験では約半数といったところでしょうか。30代、40代でコミュニケーション障害を訴えて受診される方は、すでに20年近く社交不安症に苦しめられています。ずっと自分の性格と思っていたのですが、社交不安症という病気で薬が効果的と知って、SSRIを服用して改善しています。10代、20代では効果を上げる人にはある特徴があります。“普通”の人のように誰とでも打ち解けることはできませんが、地味だけど自分を出せる社交の場を持ち、パーソナリティ障害化していない方たちです。私は少なくとも1年以上の服薬を勧めています。30代以上の女性は薬物治療で全員良くなっています。
 2)カウンセリング(精神療法)について
 薬が効果を上げない人たちはどのような治療法があるのですか、という質問に答えるのは難しいですね。約半数もいるわけですから、手立てを講じなければなりません。特に、20代の男性が薬の効果が限定的で女性のように効果を上げません。カウンセリング(精神療法)があるのではと思う方もいるでしょう。
でも、社交不安症に苦しむ人の精神療法の継続はとても難しいのです。50分の精神療法は心理的負担が大きいので、カウンセリングに技法の修正と工夫を要します(それについて説明したいのですが枚数が増えていきますので別の機会に譲ります)。認知行動療法はどうなのですか、と質問したい方もいるでしょう。認知行動療法と薬物治療の併用が効果的だという論文も散見されますが、当院では精神分析を応用したカウンセリングを行っています。認知行動療法が効果を上げる人たちなら、診察以外に時間を取らないでも、薬を使いながら、通常の短時間セッションの保険診療で十分に効果をあげることができます。
 川谷医院では、薬が思った以上の効果を上げない人たちにはATスプリット治療を提供しています。精神科医の診察と心理士による心理療法(カウンセリング)を週1回、50分行う治療法です。
V.さいごに
 人とうまくコミュニケーションがとれなくなる「社交不安症」に関する、対人恐怖症との違い、生い立ちとパーソナリティ発達、そしてパーソナリティ障害化について私見を述べてきました。自分もコミュニケーションが苦手だと思おう型は、付録の社交不安症のチェックリストを使ってみてください。社交不安症は気質と環境が縄を編むように複雑に絡みながら進展していきます。単純に性格と片付けることはできないし、そのパーソナリティ発達を見ながら、オーダーメイドの治療法が必要だと思います。
 
付録:社交不安症のチェックリスト
 以下の24個の質問に4段階で答えてください。
【恐怖感/不安感】
3:非常に強く感じる[頭の中を占めてしまい、いたたまれず逃け出したいと感じる程度]
2:はっきりと感じる[非常に強く感じる程度ではないが、はっきりと自覚がある程度]
1:少しは感じる[なんとなく感しる程度」
0:全く感じない
  【回避】
3:回避する(確率2/3以上まには100%)
2:回避する(確率1 /2程度)
1:回避する(確率1 /3以下)
0:全く回避しない
*恐怖感/不安感か0点の場合は回避も自動的に0点となります。
                            恐怖感/不安感  回避
1.人前で電話を掛ける(P)             
2.少人数のグループに参加する(P)
3.公共の場所で食事をする(P)
4.人と一緒に公共の場所でお酒(飲み物)を飲む(P)
5.権威ある人と話をする(S)
6.観衆の前で何か行為をしたり話をする(P)   
7.パーティーに行く(S)
8.人に姿を見られながら仕事(勉強)をする(P)
9.人に見られながら字を書く(S)
10.あまりよく知らない人に電話をする(S)
11.あまりよく知らない人達と話し合う(S)
12.まったく初体面の人と会う(S)
13.公衆トイレで用を足す(P)
14.他の人達が着席して待っている部屋に入っていく(P)
15.人の注目を浴びる(P)
16.会議で意見を言う(P)
17.試験を受ける(P)
18.あまりよく知らない人に不賛成であると言う(S)
19.あまりよく知らない人と目を合わせる(S)
20.仲間の前で報告をする(P)
21.誰かを誘おうとする(P)
22.店に品物を返品する(S)
23.パーティーを主催する(S)
24.強引なセールスマンの誘いに抵抗する(S)

P : Peformance (行為状況) S : Social interaction (社交状況)
合計して点数が高くなればなるほど症状が重いことになります。
   30点以上 境界域
   50〜70点 中等度の社交不安症
   80〜90点 かなり日常生活に支障を来しています
   95点以上 重度の社交不安症
 出典は
 朝・聡、井上誠主郎、佐々木史ほか(2002):Liebowitz Social Anxiety scale (LSAS)日本語版の                      信頼性および妥当性の検討.精神医学 44;1077ー1084.
posted by Dr川谷 at 14:44| Comment(0) | 日記
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