2016年07月11日

臨床ダイアリー11:心の病は治るのですか?

2016.07.10(日曜日):『心の病は治るのですか?』
T.はじめに
 6月の診察時にある患者さんから「心の病は治るのですか?」と問われて直ちにタイトルにするように決めました。その理由は、2001年のある論文まで遡ります。当時私は、牛島定信先生を班長とする厚生労働省の班会議『境界性パーソナリティ障害(以下、BPD)の治療ガイドライン作り』(通称、牛島班)に参加していて、その外来治療を担当していました。川谷医院を受診されたBPD患者さんの一部に比較的短期間で回復する症例を経験していたので、診断と治療の両面から短期間で治るということをどう理解したらいいのか悩んでいました。その当時は、BPDの治療は長い間かけて治るのであって、半年そこらで状態が改善するのはBPDではないと判断していました。しかし、治療に入る前には数年間もBPDの状態を患い、仕事も失い、対人関係も不安定で自傷行為や大量服薬を繰り返していたのに、半年もしないうちに上記の状態を認めなくなる患者さんが現れたのです。この病態をいかに考えたらよいのか、と頭を抱えていました。そのような時に、2001年からアメリカを中心に半年以内の短期間で劇的に寛解remissionするという論文報告が相次ぎました。ここでなぜ寛解という言葉を使っているのか記憶しておきましょう。治る=回復という言葉を使わずに寛解という言葉を選んだのではそれ何理由がありそうです。
 論文を読むと疑問が解けました。彼らのいう寛解の定義は症状が無くなって、生活に支障をきたさなくなるのを寛解と定義していたからです。それまで私は「BPDというパーソナリティの病が治る」というのをパーソナリティ構造の改善と考えていたので、20年近くもかけて出来上がったパーソナティ構造の改築は短期間では叶えられないと思っていたのです。つまり、症状はなくなってもパーソナリティに変化が起きないと、同様の環境に遭遇した時に再燃するのであれば、よくなったというわけにはいかないと考えたのです。ですから、症状の消失という観点に私は立つことをためらっていたのです。このコペルニクス的転回には戸惑いと同時に、その考えでも通じるのだと感心もしたのです。DSMの診断基準は疾病に特徴的な症状をX個以上満たしているというとても割り切った考え方からすれば当然の帰結なのでしょうけど。
 すると今度は、患者さんの求めている「心の病は治るのですか?」という問いに対して症状の消失か症状を産み出す病的パーソナリティ構造の変化か、という問題が浮上したのです。心の病は、DSMのように割り切れない問題があるために、精神科臨床の本質を問われているような気がしてならないのです。それでは心の病とは何かという話題から始めようと思います。

U.精神医学的疾病論
1.エレンベルガーの『無意識の発見』から
 精神医療相談室のエッセイに載せている精神科読本21:『精神療法のはじまり』で紹介したエレンベルガーの『無意識の発見』は人間の心を知るのにとても良い本です。若いころ何度も読みました。エレンベルガーは世界各地の心の病の起こり方と治し方を5つに分類して表1のようにまとめています。1970年代にメガヒットした『エクソシスト』という悪魔払いの映画も同列のものですし、コーヒー豆の産地である南米のグアテマラでは、奥地のジャングルに行かずとも、今日でも原始的な方法で精神の病を治していると聞きます。一方、平安時代の日本人は何よりも「祟り」を恐れていました。それを扱ったのが陰陽師です。21世紀の今日でも、沖縄のユタ、恐山のイタコ、さらには各地に伝わるシャーマニズムに基づく信仰があり、悩める者に心理的な救い、癒しをもたらしてくれています。これらは、今日の精神科で行なわれる精神療法の原始的な形と言えます。
  表1
疾病説                  治療法
1 病気とは病気という物体が身体に侵入したためである  病気という物体を摘出する
2 霊魂が行方不明である      魂の所在を突き止め、招魂し、もとに納め戻す
3 悪霊が侵入したためである      祓魔術をする。外部から侵入した悪霊を機械的に摘出除去する。                     悪霊を他の生物に移す
4 タブーを破ったためである      告解(懺悔)し、神の怒りを鎮める
5 呪術によるものである      対抗呪術を行う

 私が研修医の頃、15歳の男子高校生の治療を担当することになりました。彼は解離障害という突然意識を失う病気にかかり、その原因がタブーとなっている石塚を踏んだことによるものだという母親の意見を取り入れていました。エレンベルガーの4に相当します。彼は進学校に通っていたのですが、私との精神療法の中で思春期の雑念のために勉強に熱中できないことで成績が下がり、両親の期待に応えられないという不安が強くなったのが原因だとわかり、病は治りました。
 2.フロイトの神経症論
 20世紀以前の心の捉え方を原始的という言葉が適切かどうかは疑問なのですが、エレンベルガーは上記にまとめた疾病説と治療法は原始的という言葉で形容されていました。その考えに科学的な視点を導入したのがウィーンのフロイトです。フロイトはヒステリーの治療で幼少期の性的外傷を想定し、それを自由連想のなかで言語化すると症状が消失することを発見しました。以来、精神神経症の原因を以下のような公式を打ち立てました。
 
 神経症の原因=リビドー固着による素因 + 偶発的体験(外傷的)
             ↓
      性的体質(先史的体験)と幼児体験
 
 リビドー固着は、遺伝的な素質と幼児期のはじめに獲得された素質とに分解されます。分かりやすく説明しますと、親から遺伝子によって伝えられた素質に幼児期の体験が重なって神経症の原因となる固着点(ある外的刺激に過敏に反応しやすい)が形成されます。長じて後に、その固着点に類似した現実生活における偶発的な体験によって素因が活性化されて症状が発生するという考え方です。ぶっちゃまけていいますと、幼少期に親からもらった体質に幼少期のトラウマが重なって病気になりやすい核が形成されて、大きくなった後に、その核に似た偶発的な体験をきっかけに病気が発症するという考え方です。つまり、パーソナリティ診断と考えたらよいかと思います。このフロイトの考え方は1980年のDSM−Vの登場まで精神医学の標準的な考え方になりました。
フロイトは本能発達のラインに沿って5つの発達段階、つまり口愛期、肛門愛期、男根愛期、潜伏期、性器愛期といった段階を設定しました。そして各段階で障害がおこる(固着)と、それ特有の防衛パターン(パーソナリティ特徴)を形成し、その後の人生で困難に直面すると、その固着点に退行しやすいと考えました。皆さんも一度は耳にしたことがあるかもしれない“エディプス・コンプレックス”は、男根愛期に固着し、青年期の恋愛や親からの自立という葛藤に直面した際に、男性であれば父親に反抗し母親を味方に入れようとするダイナミックな人間関係が展開します。何かと父親代理に反発し葛藤状況になりやすい人を男根愛期に固着があるという言い方をします。
 3.病前性格論
 私が精神科医になった1980年はドイツ精神医学を基礎学問とする伝統的な精神医学とDSM-Vの登場によるアメリカ精神医学の台頭といった流れが押し寄せてきた年です。白衣の二つのポケットには左にドイツ語の精神医学用語集、右にはDSM-Vのマニュアル本をしのばせていました。でもそれは私にとってラッキーな時代だったと思っています。
 古典的な精神医学で最初に学んだのは、クレッチマーが1921年に唱えた「体格と性格」論です。彼によると各体型にはそれぞれ一定の性格と親和性を有し、細長型には内向性、非社交性、内気、孤独、嫌人、きまじめ、過敏で傷つきやすいといった性格が認められ、肥満型では外向性、社交性、情緒あふれる親切さ、好機嫌、ユーモア、情緒が爽快と悲哀との間を揺れ動くような性格が合致します。前者は哲学者、詩人、理論的な科学者、理想家といった人間関係で定の距離を取りたがる人たちに多く、分裂気質Schizothymと呼ばれ、これが病的になると分裂病質Schzoidと言われます。一方、肥満型では実業家、喜劇作家、科学を実際に応用する科学者、といった活動的な人に多く、その性格は循環気質Zykloithmy、さらには循環病質Zykloidと称されます。三番目の闘士型の場合、分裂気質が親和性を持っていることもあるし、てんかん性格Epileptoidと言われる几帳面、潔癖、徹底性、執拗性、残忍性などの性格が密接に関係していることもあります。四番目の発育異常型は、循環気質以外の諸気質、とくにヒステリー性格に親和性を有していると言われます。
 病前性格はクレッチマーの研究から始まって、うつ病におけるメランコリー親和型性格や下田の執着性格(義務責任感、徹底性、熱中性、几帳面、正直さなど)が取り上げられました。当時、私が熱中したのは敏感性格に起きやすい敏感関係妄想でした。敏感性格とは無力性性格要素と強力性性格要素という相矛盾する性格傾向を併せ持つ人のことです。具体的に説明しますと、ある青年は少年の頃から極度に従順で真面目、泣き虫で意気消沈しやすい内気な性格(無力性)と、体面を重んじ、名誉心が非常に強い努力家(強力性)という矛盾を性格の内に秘めていました。こうした敏感性格の人は後に自身の矛盾を問われるような状況で敏感関係妄想を呈しやすいのです。
 4.病前性格とパーソナリティ構造
 こうして病前性格やパーソナリティ構造および発達論的診断に興味を持つようになりました。当時は精神病理学や精神分析が盛んでしたので、それらに応えるだけの環境が存在したのは幸いしました。この病前性格をパーソナリティ構造として見直すととても臨床的なアイデアが湧いてきました。先のフロイトの有名な公式になぞらえて素因をパーソナリティ構造と考えたわけです。

     心の病=病前性格(未熟なパーソナリティ構造)+ 現実的問題

 以下は精神療法誌に投稿した「精神科クリニックにおける力動的精神療法」の引用になります。
 1)病前性格とパーソナリティ特性
 クリニックで最も多いうつ状態を呈する患者さんの生活史を聞くと、彼らが幼い頃より嫌われないように気を使い、パーソナリティ発達に必要な他者とのぶつかり合いを避けて狭い道を歩いていることに気づきます。その中には社会不適応から退行状態に陥り、種々の不安・うつ症状を呈する症例も少なくありません。また、その姿が長期化してパーソナリティ障害と診断される症例に遭遇することが間々あるのです。
臨床的にはあまり役に立たないDSMですが、DSM‐5のパーソナリティ障害代案はその欠点を補う工夫がなされています。病前性格の研究に熱心だった頃のわが国の伝統的精神医学に漸くDSMが追いついた感じがします。クライテリアBのパーソナリティ特性(personality traits)は病前性格の未熟化と言ってもよいと思います。病的パーソナリティ特性を5つの広いドメインと25の特性ファセットに分ける考え方はパーソナリティ障害を立体的に捉えようとする試みで臨床的です(詳細は精神科読本シリーズの『境界性パーソナリティ障害』を参照)。
 2)前性格の未熟化とその治療
 病前性格の未熟化とは、もとの生物学的素因が成長過程で柔軟性を失い、ある環境下では適応的だが別の環境では不適応を起こすスプリッティング現象が観察されることをいいます。新型うつ病と診断される若者を想像するとよいでしょう。
 ところでこの病前性格の未熟化はどのようにして起きるのでしょうか。私の考えはこうです。もともとの気質(素因)に母子分離といった人生最早期における問題、両親の離婚(喪失モデル)、虐待や夫婦間の不和による家庭内緊張(PTSDモデル)、教育現場の問題、思春期の成長過程で他者とぶつかり合う経験の欠如、などが重なって未熟化現象が起きるようです。特に10歳の自我の芽生えの頃のいじめや転校による不登校の体験は重く圧しかかってきます。この時期の社会からのドロップアウトは子どものこころに恥と劣等感を植えつけると同時に、空想世界にその万能感の住処を求めることになるからです。さらに、いじめや不登校によって教育の場を失うと、自分がどれほどの者か分からないまま身体だけ成長していくといった歪な発達を遂げることになります。病前性格の未熟化、つまり性格が柔軟性にかけ不適応をもたらし、かつ重大な機能的障害もしくは主体的苦悩を引き起こした状態がパーソナリティの未熟化なのです。
 3)未熟な防衛機制(スプリッティングを中心に)
 社会からドロップアウトすると、存在の不確かさと万能感の傷つきから生きること自体が苦痛になり、退行し、未熟な防衛機制が暗躍します。特に、思春期青年期の患者がそうです。
未熟化が起きると、衝動的で後先のことを考えずに行動に走り、何度も同じことを繰り返す行動優位の特徴を呈するようになります。ウィニコットが直接的介入と呼んだスプリッティングが見られます。過食嘔吐症の患者さんは、治療に通って来ながら「治したくない自分」が別にいるといいます。このスプリッティングに風穴を開けるのが治療のポイントで、この作業を放置したまま治療を続けても、永遠に患者には変化が起こらないのです。

V.心の病が治るとは
 準備が整ったところで、いよいよ『心の病は治るのですか』という問いに私の見解を述べることにしましょう。『新型うつ病について』の中でも述べたことなのですが、初心者の向けの『ほんとうの法華経』(2015)という本の中に仏教の説く因果とは「果=因+縁」ということだとありました。
山崩れを例に例えると、因とは地盤が緩んでいるかどうか、縁とは大雨が降ったかどうかで果を考えます。地盤が緩んでなくても50年に1度の大雨だと山崩れが発生する危険性は高くなります。また地盤が緩んでいると普通の大雨でも山崩れが起きるかもしれません。心の病も同様に考えると、病気になりやすい病前性格(未熟なパーソナリティ構造)と現実のストレス状況の兼ね合いで起きると考えます。
 1.症状がなくなること
 地盤がしっかりしている場合、症状がなくなり、以前のように生き生きと生活できるようになれば、治ったと考えてよいでしょう。ただこの場合、「ストレスに屈した=私はストレスに負けた弱い人間だ」と考えだすと、症状は治ってもイキイキと生活できるようになるかは疑問です。すると、「ストレスに負けた」という考えを自分の中で解決し納得しないと、治ったとは言い切れません。実はこの過程が長い間続くので、症状がなくなって、そう簡単には治ったとは言えないのです。それとは対照的に、ウィルスに感染して風邪を引いたとすると、誰一人「私が弱かったから風邪を引いた」とは考えません。せいぜい「ちょっと無理したかな」と自分に優しくなれます。身体の病気だと自分をいたわれるのに、心の病だと「怒りの内向」が起きやすいので、なかなか治ったと言えないのです。臨床ダイアリーでも取り上げましたがこの「怒りの内向」の問題は、自分自身に対する理想的なイメージを投影するので、心の病では怒りが内向しやすいのです。
 また、現実の大きなストレスが脳の器質的な変化を招くような事態が生じたとき、たとえば慢性的に繰り返される暴力といったDVや幼少の頃の虐待によって脳の発達に異常をきたす場合、ストレスとなっている現場を離れても症状は続く場合が少なくないのです。脳に目に見えるような器質的な変化を起こしていなくても、臨床ダイアリーで取り上げた『トラウマと反復強迫』の問題が事を複雑にします。どういうことかと言いますと、ストレスになっている環境や暴力を振るう加害者から解放されても、現実の人間関係の中で自分が負った加害者との関係を再演することもあるのです。目の前にいる人は加害者でないのに、加害者と錯覚してしまって、相手を怒らせてしまうという反復強迫が作動するのです。
 2.地盤が緩んでいる=未熟なパーソナリティ構造
 地盤が緩んでいる場合、現実のストレスがなくなると症状も軽くなって「治った」と実感できるようになる瞬間はあるでしょうね。でも、パーソナリティ構造に変化が起きないと些細な刺激ですぐに症状がぶり返すようになります。なので、この未熟なパーソナリティ構造の改築が必要になります。これは薬物治療や環境調整では得られません。長い間かけて特殊な人間関係のなかで修復するしかありません。特殊な人間関係とは訓練を積んだ治療者との治療関係のことです。川谷院では精神科医の行う精神療法や臨床心理士の行う心理療法を行っています。
 3.薬はどこを治しているのか?
 さて、地盤が緩んでいる場合、薬の効果はないと説明したのですが、それでは薬は心のどこに作用しているのでしょうか。脳内の神経伝達物質の調整をするのが薬です。因と縁の結果、症状が生じたときには、シナプス間の神経伝達物質に変調をきたしています。例えば、統合失調症だとドパミンの過剰分泌、うつ病だとセロトニンやノルアドレナリンの減少といった具合です。ですから過剰に分泌されているときは薬で受容体を遮断し、減少しているときにはシナプス間の量を薬で増加させるということです。それによって症状がなくなり、日常生活が正常に戻ると治ったと言えます。しかし、うつ病の場合の病前性格は変わらないままなので再発を余儀なくされるのも事実です。一般にうつ病の80%は治るが、その内の半数の40%は再発されると言われています。
 ですので、薬はあくまでも症状の回復を目指すのであって、心の病をしたことで二次的に生じる無力感、自信喪失、劣等感、敗北感、といった感情の回復は薬ではなくて医師や心理士との対人関係で生きなおしをしないと、本当に良くなったとは言えないのです。
W.さいごに
 「心の病は治るのですか」という患者さんの問いに答えるために私の見解を述べてきました。治るという定義によって治るともいえるし治りにくいとも言えるのではないでしょうか。さらに治るという程度も、単純に症状がなくなるという段階から病を克服して自尊心を取り戻し、生活をイキイキと送れるようになったという段階まで幅が広い。しかも「治る」という言葉の裏には再発しないといった意味も含まれていますので、現実生活の環境調整や病気になりやすい病前性格(未熟なパーソナリティ構造)の改善にまで問題が波及してきます。心の病の場合、「治った」と言うより「良くなった(寛解)」という言葉を使うのも上記の問題を孕んでいるからなのです。ですので「心の病は良くなるけれど、治るという段階に至るまでには人手と時間がかかる」というのが私の見解です。でも、「あなたの病気は治った」と言いたいものです。 

                     参考文献
川谷大治、牛島定信(1989):発達論的診断.精神科MOOK No.23.神経症の発症機制と診断、金原出版.
川谷大治(2014):精神科クリニックにおける力動的精神療法.精神療法.
川谷大治(2015):怒りの内向について.臨床ダイアリー.

posted by Dr川谷 at 09:06| Comment(0) | 臨床ダイアリー
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