2016年06月19日

臨床ダイアリー8:怒りのコントロールー2−


2016.06.19:『怒りのコントロールについてー2―』
 皆さんは感情のコントロールをどのようにしていますか。子どものように感情をそのまま表に出すという方法から、感情をしばし心の中に抱え、その感情と向き合いながら言葉にしていくという洗練されたやり方までいろいろだと想像します。「感情をそのまま表に出すのはコントロールの失敗だと思います。感情は出さないように抑えています」という方もいるでしょうね。しかし抑えているだけでは脳にストレスを与えるだけでいつかは爆発するかもしれないですね。
 今回は日々の臨床で問題になる怒りの突出に苦しむ患者さんの話になります。アメリカ精神医学会(APA)が出版した最新版のDSM−5を下に説明しようと思っています。

U.精神科臨床における「怒り」の問題
 日々の臨床で問題になる「怒り」の突出はパーソナリティ障害、間欠性爆発症の二つが代表的です。それを最新の脳科学の知見を加えながら述べていきましょう。
 1.パーソナリティ障害
パーソナリティ障害で「怒り」の突出が問題になるのが反社会性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害、回避性パーソナリティ障害の4つです。それでは順に説明していきましょう。  
 1)反社会性パーソナリティ障害APD 
 DSM−5によるとAPDの典型的な特徴は「法および倫理にかなった行動に従わないこと、および自己中心的で冷淡な他者への配慮の欠如であり、虚偽性、無責任さ、操作性や無謀さを伴っている」。日本では本疾患の医療機関への受診例は少なく、私の臨床でも治療経験はありません。それでこれくらいでスルーしましょう。
 2)境界性パーソナリティ障害BPD
 「怒り」の突出で本人も周囲の者も困り果てる代表がBPDです(詳細は川谷医院のエッセイを参照してください)。BPDの臨床的特徴は不安定さです。対人関係、自己像、感情が不安定で衝動コントロールの失敗(浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食)が特徴です。「怒り」は主に見捨てられ不安に起因します。恋人が約束時間に2,3分遅れた、約束のキャンセルの電話が入った、同棲している彼がいつもより朝早く仕事に出ていこうとした、という事態になるとパニックになり怒りの突出が出現するのです。また、世話を焼いてくれる人が「(傍目にはそうでもないのですが)冷たい、自分を見捨てた」と思う瞬間に相手を罵倒し、嫌味を言い貶し続け、自分の怒りをコントロールできなくなる。そして、そのあとで自己嫌悪に陥り、「自分は駄目な人間」とうつ状態になる。この時に自傷行為が見られることがあります。公式は見捨てられる不安⇒怒りの突出です。
 3)自己愛性パーソナリティ障害NPD
 NPDの特徴は誇大性、賛美されたいという欲求、共感の欠如の三つです。BPDと違ってNPDの「怒り」の突出は見捨てられ不安は小さく、批判や挫折による傷つきやすさに起因します。注目を浴びなかった、無視された、面目を失った、恥かいた、と感じた時にその心理は外には表さないが、代わりに相手を軽蔑したり、激怒したり、憮然として反撃するのです。中小企業のワンマン社長を想像したらよいでしょう。最近では、ベンチャー企業で成功した自己中心的で他人の話を聞こうとしないワンマン社長もNPDと診断されることがあります。NPDの多くが幼少の頃から共感不全の母親に育てられ、自尊心が肥大しているために傷つきやすいのです。中島敦の『山月記』の臆病な自尊心と尊大な羞恥心と呼びたい心性が特徴です。後に説明するAvPDと共通する心性を持っているのですが、NPDでは社会的に引きこもりは少なく社会達成度も高いので鑑別は容易です。
 NPDに見られる「怒り」を精神分析的には「自己愛的憤怒narcissitic rege」といいます。精神分析事典によると「羞恥心が誇大自己の肥大した顕示性に関係するのに対して、怒りは誇大性に対応している。つまり誇大感や全能的な支配欲が受け入れられないときの怒りで、容赦のない破壊的なものである。怒りの対象にされる相手は自分の思い通りに支配できる体の一部のように感じられている自己対象であり、この点で、相手を自分とは異なる独立した人格として体験している成熟した怒りとは区別される」(舘)のです。この他者を自分の一部という心理を自己対象と専門的にはいいます。つまりNPDは相手が自分の求める対象でないと感じた時に怒りが突出するのです。公式は自己愛の傷つき⇒怒りの突出です。
 4)回避性パーソナリティ障害AvPD
 精神科読本シリーズの『ひきこもり青年』と重複する個所があるかもしれませんが、本格的に説明するのは今回が初めてなので他のパーソナリティ障害よりも詳しく説明しましょう(日本サイコセラピー学会雑誌に投稿した2015年の『自己愛・回避性パーソナリティ障害の精神療法』から一部抜粋しています)。
AvPDの典型的な特徴は、DSM-5では「自分が、愚かで無能であると感じること、否定的評価および拒絶への不安にとらわれていること、および嘲笑または恥を怖れることに関連する、社会的状況の回避および対人関係での制止」です。分かりやすく説明しますと、AvPD患者はいろんな対人関係場面で強い不安・緊張を感じやすく、そのために対人関係を避けようとする機制(心のクセ)がパーソナリティに組織化された人たちなのです。
 彼らはなぜ対人関係に不安を持つのか?そしてなぜそれを避けようとするのか?AvPD患者は幼少の頃よりとても内気で恥ずかしがり屋です。この傾向は気質的要因(素因)として考えられ、DSM-5では回避行動は幼少期および小児期から見られるといいます。生活史の中で入園時の集団への適応を見ると、その姿を追うことができるでしょう。この内気さは、成長とともに、特に10歳前後から、その度合いを強めていきます。10歳前後は自己を他者の目を通してみる客観性の能力を獲得する重要な時期であると同時に、心理的に危うい時期でもあります。客観的に自己と他者を比較できるようになるので、この時期の傷つきはトラウマになりやすく、子どもたちに劣等感と恥を植え付けていくことになるからです。何かと人と比べるクセが強い人は劣等感の塊か羨望の虜になるので人生を生き辛くします。そして青年期に「自分は人よりも劣っている」「つまらない奴」「化けの皮が剥がれる」といって人と接することを避け、社会的に孤立し、引きこもり青年へと成長していくのです。
この回避行動を力動的に読み直すと、「幼児的万能感」を巡る防衛と言い換えることができます。外見的には内気で臆病に見えるが、内的にはとても尊大。尊大であるが故に傷つきやすく、あらゆる対人関係場面を避けようとする。この矛盾する心理を作家中島敦は『山月記』で「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」と呼んだのです。AvPDはこの自己矛盾を他者とのあいだで経験・展開しない故の悲劇と言い換えることができます。
 さて、AvPDの怒りについて説明しましょう。一見すると、臆病で内気な人がある日突然、豹変して感情を爆発させるのです。挫折すると感情の大爆発(自己愛的憤怒)が起きる者が少なくとも半数はいます。この感情の大爆発のことはDSM-5では取り上げられてはいません。でも、私の臨床経験では確かな現象なのです。虎になるか怒りを爆発させるかの違いはあるのですが、その背景に「屈辱」という感情があるからなのです。
彼らのパーソナリティの特徴は、パーソナリティ発達に欠かせない対人関係を避けてきているのでパーソナリティ発達が停滞していると言えます。それでは彼らが発達に必要とした対人関係とは何か?屈辱の心理は自分がひとかどの人間ではなかったという現実の傷つきに起因します。なので傷つかないように対人関係を回避するです。すると、同世代の人と競争し、意見を戦わせ、ぶつかり、時には仲直りし、互いに支え・支えられる体験を経験していないということになります。
 ですので、私の臨床では以下のような治療過程を重視するようにしています。治療経過中の感情の爆発は避けがたい。爆発すると、主治医も大変だが、患者やその家族はもっと大変だからです。患者が苦手とする社交の場を回避する術は社会的自己を育てる場と時間を失うというマイナス面もあるが、失敗を重ね、幼児的万能感の爆発を避ける意味においてはプラスの側面があります。よって治療は、回避を保証することから始まります。社会に出て行くことを無理強いされずに保障されている限り患者さんは治療に通います、通い続けることは年齢を重ねるだけで、社会への門を狭め、閉ざしていくことになるという背に腹を変えられないジレンマが患者、家族、そして主治医に襲い掛かってきます。人によっては家族に暴力を振るう人もいます。この矛盾を患者さんが早急に解決しないように、あるいは立ち直れる程度に何度か失敗を繰り返して、抱え・生き続けることを支えることが治療の肝要になるのです。その後に患者さんの内省能力が一気に高まる現象が見られます。そうすると、おっかなびっくりですが、ショートケアや就労支援ドンマイに行ってみようかという第一歩を踏み出せるようになるようです。公式は屈辱⇒怒りの突出です
 2.間欠性爆発症
 DSM−Wから間欠性爆発症Intermittent Explosive Disorderという病名が登場しました。DSM−5では秩序破壊的・衝動制御・素行症のなかに分類されました。何やらおどろおどろしい病名ですね。その「怒り」はあたかも間欠泉のように、何かの拍子に爆発して癇癪や激しい非難や暴言や喧嘩としてオモテに現れるといいます。典型的には爆発の持続時間は30分未満で親密な友人や仲間との間でおきた些細な出来事に反応して起きるようです。些細なというのは「そんなことで怒らんでもいいじゃないか」とあっけにとられるようなことです。私にもちょっとあるかな。反省せねばなりませんね。間欠性爆発症の病因には環境要因と遺伝要因の2つがあって、前者では生れてから20年の間に身体的および情動的トラウマの既往がある人、後者では第一度親族に間欠性爆発症の危険性が高い人がいる、と言われています。
 些細な刺激で衝動的(または怒りに基づく)攻撃性の爆発が特徴で、神経生物学的にはセロトニン作動性異常の存在が支持されています。特に前帯状回や前頭眼窩皮質などで異常が見られると言われています。このことは、癇癪もちの人が脳の病気として診断される時代になったということを意味します。果たしてそれでいいのだろうか?科学を私たちの生活に多大な恩恵を与えてくれました。しかし、原子爆弾と同じように、負の側面ももたらしたのも事実です。癇癪もちを病気扱いするのではなく、かつ異常性格者と片付けるのでもなく、一人の人間として抱えていく社会が必要な気がします。
 3.脳科学の貢献
 古来、日本人は感情を表に出すことを厭わない民族でした。漢字学者の白川静によると、感情とは物事に感じて起こる心のはたらきをいうようです。神が民の祈りに「心が動く」ことを感といい、それですべて他に感じて「こころうごく」ことを感、また心に感じること、「おもう」ことを感というようになったようです。この心理的な表現を脳科学ではどう言い表すのでしょうか。
 感情的・衝動的な行動を抑制するのは眼窩前頭部前頭全野(OF)の部位が担当してします。この部位に何かの原因で損傷を被るとエッチで間欠性爆発症みたいな人になります。前部帯状回(AC)という脳の部位は感情の制御、社会的な行動(母性)、注意、現実原則を受け持っています。扁桃体と眼窩前頭部前頭前野(OF)の関係を見ると、OFの外傷は粗暴で衝動的な行動に走りやすいと説明したように、BPDの病因説と考えられています。幼少期にこの部位に故障が起きると、つまり子育て中に虐待などを受け続けると、この脳の部位に過剰の興奮が続き機能不全に陥りBPDの病因になるという説です。慢性的な心理的・身体的虐待はOFと扁桃体との間に太いパイプを形成できることが不可能になり、臨界期3才までに「社会的な脳」を育てることに失敗するということまで解き明かされました。これがパーソナリティ形成の環境因を脳神経学的に捉えなおした説明です。
 一方、犯罪者における「攻撃性」を扱う犯罪精神医学では人間の持つ「怒り」をどのように考えているのでしょうか。この分野の第一人者の福島(1998)は殺人を犯した被告人57例のMRIとCTを調べてみたところ、以下のような違いが見られたと報告しています。
  1.半数以上に微細な器質的異常
  2.二人以上の大量殺人者→92%に異常
  3.殺人者以外の場合の異常は5%。正常者で1%以下
 A・レイン(1997)は殺人者の脳PETを調べ、以下のように報告しています。
  前頭葉機能の低下
  左の扁桃体、視床、正中葉の機能低下
 人間の心を理解するための脳科学の貢献は大きな成果をもたらしました。しかし科学には負の側面が付きものです。正と負の影響をバランスよく保っていないと、人間の心と行動を何もかも脳のせいにしてしまうと、人間の本質を見逃してしまう危険性があります。最近の発達障害という病名にもその弊害が起きています。人間の諸問題を発達障害という病名の責任にして、「あいつは発達障害やけん」と差別感情むき出しにするのは避けたいものです。心の問題を扱う精神科医や心療内科医にこそ、時間をかけ人間の心と行動に関心を持ち続け、探求していく長い道のりを厭わないという情熱を持ち続けることを期待したいものです。精神分析的な人間の理解は答えを見つけるまでに長い道のりをかけようとします。単純に「病名」でけりをつけようとはしない学問です。だからこそ私は精神分析を日々の臨床の基礎としているのです。
posted by Dr川谷 at 09:00| Comment(0) | 臨床ダイアリー
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