2016年05月02日

新型うつ病について

2016.05.01(日曜日)『新型うつ病について』
T.新型うつ病とは
 新型うつ病という言葉を聞くようになったのは21世紀になってからでしょうか?それ以前に似た病態は逃避型抑うつ(広瀬)、未熟型うつ病(安部)、ディスチミア親和型うつ病(樽見)などと呼ばれていました。大人のうつ病を大雑把に分類すると、アメリカ精神医学会が出しているDSM‐5によると@うつ病、A2年以上続く持続性うつ病、そしてB物質・医薬品や身体の病気によって引き起こされるうつ病、の3つがあります。
新型うつ病は上記の3つのどの分類にも入りません。けれども「うつ病」という病名を与えられているのでややこしいのです。それではうつ病ではないのか、と突っ込みたくなりますが、臨床的にはDSM‐5の@うつ病をある時期満たすので、うつ病ではないとも言い切れないのです。ですから診断がとても紛らわしいので、精神科医は「抑うつ状態」と告げることが多いのです。
 1.典型的なうつ病とは?
 精神科や心療内科を受診されて、抑うつ状態と診断されたときには、典型的なうつ病ではないと考えてよいでしょう。それでは典型的なうつ病とは何を指すのでしょうか?古典的には焦燥感の強い“内因性”うつ病のことです。私が精神科医になった1980年当時はメランコリー、あるいはメランコリー親和型うつ病と呼んでいました。ソワソワして落ち着かず、たとえどんなに嬉しいことがあっても抑うつ気分は晴れることがありません。考え事も進まず堂々巡りし、一日臥床するかあるいは部屋をウロウロ歩き回る、食欲もなくなり体重も落ち、寝付いても朝早く起きて、夕方になって多少は気分も楽になることもあるが、朝を迎えると再びどん底に落ちて、自分を責め、死にたい気持ちが強くなって、実際に死場を探す行動に走ることもある。メガネは顔のほてりで曇り、頭痛もひどい、そんな重篤なうつ状態を呈するのを内因性のうつ病と診断されました。内因性というのは外因性の反対語で病気が、例えばウィルスに感染するように外からやってくるのではなくて、脳の不調から起きるという意味です。
 ところがです。アメリカ精神医学会がうつ病像を定義したときに混乱が始まったのです。DSMシリーズは疫学調査が目的の診断基準ですので、もちろん古典的なうつ病も含んでいますが、それよりもずっと広い概念を提唱したのです。それをDSMのうつ病、Major Depressive Disorder(MDD)と言います。大うつ病性障害と訳されて頭文字を取ってMDDと呼びます。病気に軽症や重症といった尺度はあっても、メジャーもマイナーもありません。それなのにMajorと形容したのがつまずきの始まりです。Minorという形容詞がないので、このメジャーという形容詞は主要なという意味で、概念が広いということを意味しているのでしょう。それではDSMのうつ病(MDD)の診断基準を見てみましょう。
A.以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在する。
  1.抑うつ気分
  2.興味・喜びの著しい減退
  3.著しい体重減少あるいは体重増加(≧5%/月)
    食欲の減退または増加
  4.不眠または睡眠過多
  5.精神運動性の焦燥または制止
  6.易疲労性、または気力の減退
  7.無価値感、不適切な罪責感
  8.思考力や集中力の減退、または決断困難
  9.死に関する反復思考、自殺念慮、自殺企図
  ※ 少なくとも1または2を満たしていること。
B.その症状のために日常生活(仕事)に支障をきたしている。
C.物質や身体病によって引き起こされていない。
D.他の精神病性疾患では説明されない。
E.躁病や軽躁病のエピソードが存在したことがない。
 A項目の2週間の間に5つ(またはそれ以上)の症状が存在し、B〜Eを満たすとMDDと診断されます。古典的な内因性うつ病は病像の期間がもっと長く続きます。臨床的には3ヶ月から1年間は続くような印象を持っています。この私たち臨床家の印象を科学的に論じるためにDSMは登場したのは良いことなのですが、それが2週間という短期間を含めたことによって診断基準が幅広くなったのです。
すると、ある精神科医が「うつ病像が短いので典型的なうつ病ではないなー」と考えて「抑うつ状態」と診断してもDSM的にはうつ病であって誤診ではないのです。逆に、古典的な内因性のうつ病ほど重症ではないが1年以上もDSMの診断基準を満たすような慢性化したうつ病も存在するのです。これもMDDと診断してよいのです。後に説明しますように、新型うつ病では患者さんが置かれる環境によってMDDと診断されることもあれば診断されないこともある、という変梃りんな事態が起きてしまうのです。短期間でMDDと診断されなくなる場合をどう診断したらよいのか、という疑問が噴出し、新型うつ病と呼ぶようになったのです。
 DSMのうつ病を大まかに図示すると以下の図のようになります。

 2.新型うつ病とは
 ここで新型うつ病の説明に入ります。上の図の適応障害と不安障害、パーソナリティ障害、その他を持つ患者さんがある環境の下でMDDの病像を満たすと、DSM的には大うつ病と診断されるのです。その中に新型うつ病と呼ばれるようになった患者さんの一群が存在するのです。私の創作ですが、ここで新型うつ病を患っているYさんに登場してもらいましょう。
 【症例】
 幼少の頃より学業も優秀で性格的にも温和で対人関係も豊かであった青年Yは大学を卒業し社会人として働きはじめた。Yは順風満帆のスタートを切って、職場でもその才能を認められ、日々元気に活躍していた。ところが、ある仕事を担当した途端にYは仕事が苦になり始め、眠れなくなって出勤前に頭痛や吐き気に襲われ会社に行けなくなった。気分も晴れないので病気ではないかと考えて精神科や心療内科を受診したところ『抑うつ状態』と診断された。Yはこれ以上会社に行くことに自信を失っていたので診断書を書いてもらって上司の下を訪ね、相談の結果、自宅療養を始めることになった。
 自宅療養は3か月間だった。2週間もすると気分もよくなり、外出し、買い物を楽しめるようになってきた。心配していた家族は気晴らしに旅行にでも行ったらと勧め、Yも興味を持っていたX地方に3泊の旅行に出かけた。すっかり良くなったYは主治医と相談して復職を考え始めたところ、再び眠れなくなって頭痛に悩まされるようになった。3ヶ月の休養期間が終わりに近づいてくるとだんだん抑うつ状態も深刻になり、とても復職できるような心身の状態でなくなった。薬物治療も奏効せずYは再び自宅療養を続けるようになった。
主治医は復職の準備が欠けていたと反省し、再び元気になったYにリワークを勧めた。最初はYも乗り気であったがその日が近づいてくるとだんだんと抑うつ状態になって、家族の心配も強まり、家族の勧めるままにYは転院することになった。
 典型的には以上の経過を呈する患者さんの病態を「新型うつ病」と呼びます。安部隆明先生は「未熟型うつ病」という呼び名で以下のようにその特徴を説明しました。「周囲から庇護されて葛藤もなく過ごしてきた20代後半から40代の男女が、現実活上の挫折からそれまでのライフスタイルを維持できなくなることを契機にうつ病に陥り、その経過中に不安・焦燥優位で自責に乏しいうつ病像を呈し、周囲に対して依存と攻撃性を露にする。現実から離れると軽躁状態を呈する」。ここで阿部先生の指摘する軽躁状態とは心の奥底には不安・抑うつ気分が存在するけれど、それを追い払うかのように「ラーメン・祭りは博多たい!」とお祭り気分になっている状態で精神分析的には躁的防衛と呼びます。ですから、軽躁状態を薬物治療で対処しようとすると問題はこじれてしまうことが多いのです。ふんわりと誇大的になっているので、強く制止するわけでもなく、気づかないふりして無視するでもない、弁証法的な緊張を保ち続けて見守ることが大切になってきます。
新型うつ病を的確に描写しているのは広瀬徹也先生の「逃避型抑うつ」です。広瀬先生によると、「典型的にはエリートサラリーマンにみられる性格の問題に一見見えるが、実際は気分障害に属する病態。パーソナリティの問題(スプリッティング)の扱いが困難」だと要約しています。彼は新型うつ病の患者さんを端的に「ええ格好しい」と言い表しています。自己愛の問題が見え隠れしていると指摘しているのです。さらにパーソナリティの問題にまで言及しているのは鋭い指摘です。ですが、残念なことにパーソナリティ構造に見られるスプリッティングの扱い方には言及していません。このスプリッティングを扱わないと彼らは長引くうつ状態のために職場を去り、長い闘病期間と復職失敗のために自信を失い、放浪の旅に出る可能性が高くなるのです。何とか職にありつけても数年間の失職時代で後れを取っている状況は無視することはできないのです。
 ある環境の下では自分の能力を活かせるのに、何故ストレスフルな環境になると途端にDSMのうつ病を発症させるのか。そして、その環境を離れると速やかにうつ状態から回復するのか。自己愛と抑うつ状態、パーソナリティ機能、回避機制、スプリッティング・・・・といったキーワードが浮かんできます。
U.新型うつ病の理解と治療
 先に記したキーワードを説明するためにはパーソナリティ構造の分析が欠かせないのですが、それに入る前にパーソナリティという専門用語について説明しなければなりません。そのためにしばらく時間を下さい。
日本人は明治の頃に欧州の文化を輸入する際に外国語を日本語に徹底的に翻訳し直しました。Skyを空と訳したのは森鴎外です。Symphony を交響曲と訳したのは夏目漱石です。二つとも原語よりも素晴らしい響きがありますね。ところが、personalityを訳するのは簡単ではなかったのです。最初、明治14年には人品と訳されました。そして明治23年になって、『哲学会雑誌』にイギリスのマインド誌の論文を紹介する中でpersonalityを心理学用語として『人格』と訳したのです。その後、人格という和製漢語が独り歩きしていきます。人格の『格』の意味は、春の芽の発育する姿から出たもので、「まっすぐ」という意味から、「至る」「正しき」という意義が出てきます。それが人格という言葉から出る道徳的なニュアンスです。横綱の品格という使い方にもそれは見て取れますね。そのために、personality disorderを人格障害と訳したために、人格が倫理的に異常をきたしているという響きを周囲に与えるために、誤解が生れ、今日ではパーソナリティ障害と訳されるようになりました。
 1.パーソナリティという精神医学用語について
 さて、パーソナリティという用語の説明から始めます。パーソナリティとは
DSM−5の専門用語集では「外界と自己に関して知覚し、関係し、および思考する永続的な様式」と説明されています。簡単な例を挙げると、挨拶をしたのに相手の返答がなかったとします。それに対して立腹する人、嫌われたと悲しむ人、どうしたんだろうと相手の気持ちを気遣う人、いろいろでしょう。その反応が常に変わらない様式の場合をパーソナリティというのです。常に自分は嫌われているのだと自信を失う人の場合、傷つきやすい自己評価の低いパーソナリティと言い表します。逆に、いつも腹を立てる人の場合、誇大的なパーソナリティと表現されます。三番目の人に出会うと、みんな「大人だね、成熟したパーソナリティですね」と感心することになります。
 本題に戻って、それまで順調に仕事をこなしてきたのに、ある上司からひどく批判された、あるいは仕事をこなせなくなった、という事態をどう理解し、それに対してどう対処していくかという一連の認知、思考、判断の流れの様式をパーソナリティと呼ぶのです。新型うつ病では、パーソナリティに問題があるというのが広瀬先生の指摘です。
 では、どのように問題があるのか。先ず、ある時期まで順調に仕事をこなしている自分がいます。なのに仕事に行き詰まり汲々としている自分が現れました。新型うつ病になる人は、仕事はやれるという自分が本当の自分であって、仕事ができないという自分を受け入れきれません。すなわちできない自分がいるという現実を否認したい。でも現実が圧しかかってきて「できないはずはない」と焦りだします。否認しようにも現実には仕事ができないので、自分を支えてきた「できる自分」を失ってしまうことになります(このくだりは臨床ダイアリーの『怒りの内向について』で詳しく触れていますのでご参照してください)。そして怒りが内向しうつ状態になるのです。でも自宅療養で現実から解放されると再び元気になるのですが、次に、その現実から回避しようという機制が起きるから事はややこしくなってくるのです。
 この時、新型うつ病の患者さんは「できる自分」と「できない自分」を統合できないのです。それで「できない自分」を否認・回避しようとするのです。そのとき「かつて仕事ができた自分」は支えになりません。心の中では「できない自分」だけを認知し、「かつてできた自分」はスプリット・オフされているからです。同様に、「できる自分」のときにはそれだけが意識されて「できない自分」は意識されないようにスプリット・オフされているのです。この心理状態を未統合というわけです。
 2.川谷医院での新型うつ病の治療
 このスプリッティング機制を無視するとどんな治療も助けにはなりません。つまり、薬物治療や心理社会療法(リワークやデイケア・ショートケアなど)そして認知行動療法を中心とする各種の精神療法でも治療の効果が一時的に終わるのです。どうしたらパーソナリティの改築を達成させられるか。ここで、当院で行っている治療法を紹介しましょう。私が精神療法の40巻3号に投稿した論文『精神科クリニックにおける力動的精神療法』(2014)を下に述べることにします。
 1)病気になりやすい病前性格
 私が精神科医になった1980年にDSM-Vが登場しました。DSMとドイツ語混じりの伝統的精神医学をスプリットしながら、つまり白衣の右ポケットには先輩から譲ってもらったドイツ語の用語集を左ポケットにはDSMの用語集を入れて、研修医生活を送っているうちに私は患者の育った環境や症状を産み出す病前性格に興味を持つようになりました。この病前性格をパーソナリティ構造として見直すと日々の臨床に使えることが分かったのです。フロイトの有名な公式、神経症の素因=遺伝的体質+小児期の体験、になぞらえて素因をパーソナリティ構造と考えたわけです。
 今年の正月に何度も読んでは挫折を繰り返していた『法華経』に再び挑みました。結果的にはまた挫折に終わったのですが、初心者向けの橋爪大三郎/植木雅俊による『ほんとうの法華経』(2015)を読むことはできました。その本によると、仏教の説く因果は「果=因+縁」と考えるそうです。山崩れを例に例えると、大雨が降っても必ずしも山崩れは発生しません。地盤が緩んでいたという内的問題(因)に大雨という原因(縁)が起きて山崩れが発生する、と考えるのだと言うのです。私が興味をもった病前性格も似たような考え方です。仕事に行き詰まったから必ずしもうつ病になるわけではありません。上司に相談して解決できるかもしれません。なぜうつ病になるのか?それは地盤が緩んでいる、つまり病前性格に問題があるからだと考えるのです。メンツを大事にするあまり、上司に相談できないのも問題ですよね。それではその病前性格とは何か?
 病気になりやすい病前性格とは、もとの生物学的素因が成長過程で柔軟性を失い、ある環境下では適応的だが別の環境では不適応を起こすスプリッティング現象が観察されることをいいます。
 ところでこの病前性格はどのようにして起きたのでしょうか。思うに、もともとの気質(素因)に母子分離といった人生最早期における諸問題、両親の離婚(喪失モデル)、虐待や夫婦間の不和による家庭内緊張(PTSDモデル)、教育現場の問題(いじめ)、思春期の成長過程で他者とぶつかり合う経験の欠如(いい子)、などが挙げられます。その中で私が強調したいのは、10歳の自我の芽生えの頃のいじめや転校による不登校です。この時期の社会からのドロップアウトは子どものこころに恥と劣等感を植え付けると同時に、空想世界にその万能感の住処を求めることになります。さらに、いじめや不登校によって教育の場を失うと、自分がどれほどの者か分からないまま身体だけ成長していくといった歪な発達を遂げることになります。病気になりやすい病前性格、つまり性格が柔軟性にかけ不適応をもたらし、かつ重大な機能的障害もしくは主体的苦悩を引き起こした状態が発達停滞したパーソナリティ構造なのです。
 2)力動的保険診療(生きなおしの精神療法)
 ある環境下では持っている能力を十分に発揮できるのに別の環境下ではパーソナリティの病的部分が表面化するといったパーソナリティ構造、つまりパーソナリティの中に健康な部分と病的な部分がスプリットしたまま共存していないかどうかを明らかにして、患者と主治医との間で展開される特有の関係(転移現象も含めて)に注目すると、対人関係における柔軟さと社会適応の幅を広げることに繋がり、患者の生き方にそれまでとは一味違った復活が訪れます。
 私がこれから述べようとする治療関係は、保険診療の中で転移を舞台に患者が人生を「生きなおす」という視点をもとに主治医はその舞台を設定し相手役を演じる、治療スタイルです。ウィニコットは、精神病理の発生は環境側の失敗にあり、新たに「ほどよい環境」が提供されると、つまり治療的退行を通じて、その凍結された失敗状況が解凍される可能性があると考えました。バリントはそれを「新規蒔き直しnew biginning」と呼び、いずれも分析することよりも共に生きなおすことを重視する治療姿勢で、筆者の「力動的保険険診療」もその流れにあると考えています。
 3)具体的には?
 症例を呈示するのがベストな方法でしょうが、それには患者さんの掲載の許可を取らないといけません。今日は大型連休の中日でそれも叶わないので、架空の人物を登場させて具体的な治療について述べてみようと思います。すべてフィクションなのですが私の臨床経験がどこかに出てくるかもしれません。一部自分のことを語っているところもないわけではありません。
先ほどの青年Yに登場してもらいましょう。
【治療経過】
 Yの困っていることから話を聞いていった。夜が眠れない、朝から身体がきつくて横になっている、以前好きだった趣味にも関心が向かず、憂うつで仕方がないという主訴だった。DSM‐5のMDDと診断し、Yを症状からだけでなく立体的に理解するために、次のセッションから幼少期の頃からのパーソナリティ発達について訊ねることにした。同伴者の母親からは幼少の頃の家庭環境や2、3歳の頃の様子について情報を得た。夫婦が上手くいってなかったこと、母子分離はスムーズで明るい子どもだった、むしろ母親の方がYを頼っていたという話を聞くことができた。
 Yには6歳上の姉が一人。母親は名家の出で父親の部下だった夫と結婚した。事情はよく分からなかったが、両親は次第に心が通わなくなって、父親は単身赴任で家を空けることが多くなっていった。そういう事情もあってか母親に溺愛された。人柄は温和で友達と言い争うこともなかった。ただ、幼少期から周囲の期待を過剰に取り入れてそれに応えようとする傾向があった。小学校5年生の時に父親の転勤で都会の学校に転校することになった。学校にはすぐ適応できたが、こころから話せる友達はなかなか現れなかった。母親が喜ぶこともあって国立のK大学に行きたいと夢を膨らませていた。
 他者の期待に過剰に応えようとするパーソナリティは思春期に入ってからも続き、彼の基本的な対人関係パターンとなった。高校生の頃から内向的になって勉強に熱が入らないこともあったが、そんな一面を母親の前では微塵も見せず、そのため一時期、自分が何者なのか分からなくなることもあった。
受験勉強はとても不安だった。K大学は不合格になったが、倍率の高い私立大学に入学できた。しかしそれを素直に喜ぶことができず、どこかで自分には実力が欠けている、という劣等感を抱いていた。それでも4年間頑張って大学を出て、一流企業といわれているW社に就職することになった。
以上の生い立ちが語られて1ヶ月が過ぎた。うつ病者は内的なことを他人に話すことは避ける、つまり自閉的な傾向があるのだが、Yの場合主治医の私の期待に応えようとして上記のような生い立ちが明らかになった。しかし、口を開くのが重いので他の患者よりも時間を要したことは追加しなければならない。嫌な思いを吐いてスッキリするというのは健康なパーソナリティの持ち主で彼は関係のない話題は流ちょうに喋ったが、肝心な内容になると口が重たかった。丁度、会社に行く前に吐き気がしたり頭痛がしたように。
こうして、リワークに通わなくなって元気になっていくのであるが、何か頼りない心地をしているように見受けられた。しかし、その自覚はYにはなかった。これは新型うつ病者の特徴がよく現れている場面である。後に説明するスプリッティングという現象である。薬物治療も必要にならない程に生活を楽しめるようになっていく一方で時折見せる自信のない、憂うつそうな表情を垣間見せるのであった。言い換えると、Yの中に互いに交じり合わない二つの顔があるのである。一方が外に出ているときには片方を認識することができない。しかも元気になっていくと復職という問題が意識に上るはずなのにYにはそれが意識されなかった。何度かキャンセルが続いたある日の診察の時にYは「昨夜は嫌な夢を見て目が覚めました」と笑いながら報告した。夢は逃げても逃げてもゾンビに追いかけられるという内容だった。私は「元気になったあなたの横で怯えているあなたが夢の中に現れたのでしょう」と解釈した。スプリッティング中心に生活する人の治療では、死に体同然の抑うつ状態のYの部分(ゾンビ)と会社を離れて元気になって周囲を喜ばしているYの部分に橋を架ける作業が欠かせないのである。
 この過程を通して彼は母親との密着した関係を顧みることができた。母親が夫に求めたのは自分の理想的な父親像、つまりYの祖父像であって、目の前にいる等身大の父親ではなかったのではないか、とYと私は理解した。等身大とは父親が母親とギクシャクしていた時にゲスな言い方になるが『父に女ができた』という現実の父親の姿である。母親に溺愛されたYは祖父替わりでもあり、常に母親の喜ぶ姿がYのこころの栄養だったわけである。一方で、自分と母親との関係を客観的に見つめなおそうとする努力は主治医である私の期待に応えようとする試みでもあった。Yにとって私は矛盾を抱えた存在になった。父親をとるか母親をとるか、というテーマが私との間でも展開し、治療に通うのが辛くなったということが分析作業から明らかになった。母親から父親に関する愚痴を聞かされてきたYにとって父親は好ましからぬ人である。父親に近づくことは母親を裏切ることであって、私の期待に応えて内的探求を続けることは母親を裏切る結果につながるので何度かキャンセルが続いた、ということを彼は受け入れた。
 高校生の頃に好きな女子ができて勉強に夢中になれなかったのは、健康なこころの発達過程であるはずなのに、母親と密着し過ぎていたYにとっては受け入れがたい経験になった。Yは勉強しなければならなかったのである。就職して最初は仕事も楽しかったけど、ある苦手な作業に入ってから上司の期待に応えられない自分に不安と恐れを感じ始め、夜が眠れなくなったという。それは自分が闇の中に深く永遠と沈み込んでいく恐怖で言葉に言い尽くせないと振り返った。それは職場復帰のことを考えたときに起きる突然の恐怖でもあった。常に「できる子」でなければならないYにとって「できない」という現実は彼を苦しめた。ならば、上司に素直に相談できたかというと、Yにはできなかった。Yは「聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥」という諺が身に染みる経験となったと語った。
 こうして半年が経って会社の上司も交えて話し合いを設けYは職場に戻ることになった。それからも抑うつ状態は波を打つように上昇、下降を繰り返していった。受診する間隔も2週に1度から4週に1度と長くなり受診も途絶えてしまった。劣等感と恥を抱えながらも元気にやっているとよいのですが。
【治療のまとめ】
 Yの治療を振り返ることで新型うつ病者の精神科治療についてまとめようと思います。診断はDSM−5を満たす抑うつ状態(MDD)が2週間以上続き、かつYにとってストレスの場である職場を離れると速やかに抑うつ状態は改善するので新型うつ病と診断してもよいでしょう。新型うつ病という病名は巷で言われる診断名であって学術的かつ臨床的な病名ではありません。でも新型という形容詞をつけたいのは他のうつ病と違って、広瀬先生が指摘するようなパーソナリティに問題があるというスプリッティング機制が見られるためです。でも他のうつ病にもスプリッティング機制は認められます。ただ、その出方が新型と通常のうつ病で違うだけです。
新型うつ病の場合のスプリッティングの出方はストレスフルでない自分の能力を活かせる現実だとイキイキと生活を送れるのに、一方で自我を圧倒するようなストレスフルな現実に直面すると途端に抑うつ状態になり、その現実を離れると抑うつ状態から解放されるという事実にあります。このスプリッティング機制は幼少期から見られるということは押さえておかねばなりません。親は子どもの一側面のみを見る傾向があります。バランスよく見れる親がそばにいると子どもは救われるでしょうが、症例に出したYのように周囲の顔色を読むのに長けた子どもであればきっと親は子どもの暗い分に思いを馳せることはできないでしょうね。太宰治の『人間失格』がよい例です。
 こうして人前の自分(良い自己)と人前には現れては困る、つまり期待に応えられない自分(悪い自己)が互いに干渉しあうことなく共存したパーソナリティ構造が形成されていくのです。必然的に、その後のパーソナリティ発達はか細くなります。例えば、10歳前後の『自我の芽生え』の頃に挫折しやすくなったり、思春期の他者とのぶつかり合いを避ける癖が身についてしまいます。そしてパーソナリティ発達が停滞し、空想的には誇大的である一方で現実には逆境に弱い傷つきやすい「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」を飼い太らせる結果になります。すると、失敗を恐れる心理状態が整うのです。
 治療ではこのスプリッティングにいかにアプローチするかに関わってきます。スプリッティングに気づかずに患者の精神状態にのみ焦点を当てると、抑うつ状態には薬物治療と自宅療養、長引く治療には心理社会療法といった患者さんの心に響かない治療をただ続けるだけに終わってしまいます。
それでは、スプリッティングの扱い方について簡単に触れたいと思います(2009年に上梓した『自傷とパーソナリティ障害』(金剛出版)には詳しく取り上げています)。Yさんのようなマイルドなスプリッティングの場合と境界性パーソナリティ障害のスプリッティングの場合とでは扱い方は根本的に違いがあります。後者の場合は矛盾を抱える能力を育てていくことにポイントが置かれるのに対して、新型うつ病の患者さんの場合は共存する2人の自分に橋を架ける作業が必要になってきます。具体的には、沈み込んでいるときに空想の中の誇大的な自分に気づかせること、元気になって躁的防衛が見られるときには防衛している不安と抑うつに直面化させることです。どちらの自分も自分であって自分でないという曖昧さを受け入れるようになるとよいのです。
V.さいごに
 今年の5月の連休は家でのんびりと過ごす予定です。好きな作家の本を読んで買ったばかりのテレビで映画を堪能する。そして、この臨床ダイアリーを綴るという楽しみがあります。散歩にも出かけないといけませんね。忙しくなってきそうです。
 今回は、『新型うつ病』を取り上げてみました。新型うつ病の特徴を描き出すのにアメリカ精神医学会が刊行しているDSM−5を紹介することで違いを浮き彫りにしてみました。そしてその治療には「生きなおしの精神療法」が欠かせないということと、生きなおしを成功させるうえで重要なことがスプリッティング機制を扱うこと、だと述べてきました。症例は私の創作したものですが、過去に治療した患者さんも部分的には登場しています。でもプライバシーは守られていますので安心してください。

参考文献
1. 橋爪大三郎/植木雅俊著『ほんとうの法華経』ちくま新書1145、2015.
2. 川谷大治著『自傷とパーソナリティ障害』金剛出版、2009.
3. 川谷大治:精神科クリニックにおける力動的精神療法.精神療法、vol.40(3)、2014.
posted by Dr川谷 at 13:39| Comment(0) | 臨床ダイアリー
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