2016年04月04日

『トラウマと反復強迫』

2016.04.03(日曜日)『トラウマと反復強迫』
 
 T.はじめに
2016年6月に幕張メッセで開催される第112回日本精神神経学会で発表予定の「トラウマと反復強迫」が今日の話題です。昨年の春ごろから私の心の中でふつふつと湧いてきた臨床テーマの一つです。そのきっかけは、今春、中山書店から発刊された森山担当編集『外来精神科診療シリーズ メンタルクリニックでの主要な精神疾患への対応[2]』の原稿依頼です。そのタイトルは「外傷体験と自傷・解離」でした。その原稿を書いている間に自傷行為を繰り返す患者さんから学んだことが論文という形になったのです。それに推敲を重ねて発表したのが2016年1月に行われた2015年度精神分析セミナーにおける『トラウマ』の講演でした。その内容をもとに書いてみたいと思います。

 U.反復強迫とは何か
反復強迫とは「悲惨で、苦痛でさえあるはずの過去の出来事を、人生のさまざまな段階でくり返しながら、自分ではその出来事を自分が作っているとは気づかず、また過去の体験と現在の状況とのかかわりにも気づかずに続けている強迫」のことです(アメリカ精神分析学会『精神分析辞典』)。臨床的には外傷後ストレス障害(PTSD)に見られるフラッシュバックや悪夢といった不快な症状、繰り返される自傷や大量服薬、過食・嘔吐、ギャンブル依存、買い物依存、DV、強迫症状、常同行為などがあります。
 1.フロイトの反復強迫
反復強迫を最初に取り上げたのはフロイトです。彼は外傷性神経症(今日の外傷後ストレス障害)に苦しむ患者はなぜ過去の不快な出来事をフラッシュバックや悪夢として繰り返し体験するのだろうか、と疑問に思いました。フロイトは、『快感原則の彼岸』(1920)のなかで次のような考えを展開します。1歳半になる孫が、糸巻きを放っては「いないfort」と叫び、手繰り寄せては「いた Da」、と遊んでいるのを観察して、孫は母親の「不在」と「再現」とを現す「遊び」だと考えました。この時、なぜ不快な第一の消滅の行為のみ倦むことなく繰り返されるのか、と疑問を抱いたフロイトは、母親不在という受身的体験を能動的に演じることで不安・抑うつを解消しているのだ、と解釈したのです。
ここで話を変えることをお許しください。この他愛もない孫の糸巻き遊びを見て、フロイトはその行為の裏に母親とのトラウマを想定したのは何故なのか?フロイトは天才だからと言ってしまえがそれだけのことなのですが、この考えはアメリカ精神医学会が出している診断のためのマニュアル本『DSMシリーズ』にも記載されています。
実は、トラウマを遊びの中で再演するという考えは欧米ではよく知られていた事実だったのです。第二次世界大戦の悲劇を物語にした映画『禁じられた遊び』のテーマがトラウマと反復強迫です。ドイツ軍の飛行機の機銃掃射で両親と愛犬を失った幼い少女ポーレットは牛追いをしていた農家の少年ミシェルと友達になって彼の家族に温かく迎えられます。けれどもポーレットの悲しみは癒されません。ミシェルから「死んだものはお墓をつくるんだよ」と教えられ、二人は水車小屋に愛犬を埋葬しお墓を作ってあげます。それでも満足しないポーレットは様々な動物の死体を集めては、次々にお墓をつくっていきます。この行動が反復強迫なのです。ですから子どもの場合、トラウマを能動的に演じることで悲しみを癒しているという考え方は、フロイトの時代の精神医学界ではすでに共有されていたのかもしれません。
フロイトの天才たる所以は、この反復強迫がトラウマに由来し、「なんら快感の見込みのない過去の体験、すなわち、その当時にも満足ではありえなかったし、ひきつづき抑圧された衝動興奮でさえありえなかった過去の体験を再現するということである」、「精神生活には、実際に快感原則の埒外にある反復強迫が存在する」と述べたことです。フロイトは「反復強迫は快感原則をしのいで、より以上に根源的、一次的、かつ衝動的であるように思われる」と結論づけ、この反復強迫は人間に備わっている本性の一つだと考えました。
2.2種類の反復強迫
ポーレックとミシェルのお墓つくりはエスカレートして、終には墓地の十字架を盗んで自分たちのお墓に使おうと思いつきます。6歳以下の子どもたちにとってトラウマは遊びの中で再演されます。しかし子どもたちにとってその遊びが過去のトラウマ体験の焼き直しであるという思いはありません。延々と繰り返されるだけです。しかしこの繰り返しは私たち人間にとって、他の動物でも同じように見られるのですが、脳神経系の発達に寄与する行為でもあるのです。そこで、赤ん坊の発達を見てみましょう。
乳幼児が乳首を吸う、噛む、喃語を喋る、物を掴む、物を放る、つかまり立ちから歩きだす、といった一連の発達行動は反復強迫(練習)が土台になります。生後間もない赤ん坊は母乳を呑むことは誰にも教わっていません。生存に必要なことなので、本能的な行為ですでに遺伝子によってプログラム化されています。一方、1、2ヶ月が経過すると、赤ん坊はしきりに手足をバタバタさせることを繰り返すようになります。一見すると、意味のない無目的な行動に見えます。しかし、手のひらや足の裏に指をあてがうと、赤ん坊はそれを掴もうとします。突き出した手や足で何かを感じ取り、赤ん坊にとって意味が付加されていきます。自ら積極的に生活する技を学習しようとする瞬間です。それはちょうど自転車に乗れるようになる、漢字を書けるようになる、のと同じ反復練習の基礎になるのです。MBLのイチロー選手の試合前の練習がまさにこの反復強迫です。それは先に述べたトラウマ後の反復強迫と違って正の反復強迫と言えましょう。
さらに成長すると、喃語を喋るようになり、母親はそれに反応し、赤ん坊は微笑み返しをします。その可愛らしさに母親が再び反応する。これらの乳幼児の行動に母親がうまく反応することで脳は発達するのです。言い換えると遊ぶことを学ぶのです。それとは逆に、母親の対応が拙いと、子どもは遊びを知らない子どもに成長するかもしれません。それはiPhonとiWatchの関係に似ています。この二つの機械が互いにペアリングしないと作動しないように、母親が幼児の行動にペアリングしないと遊びへと発展せず、後の病的な行動の基礎になるです。
この正の反復強迫(練習)によって動物は生きていくうえで欠かせない技能を身につけていきます。それは遺伝子によってプログラムされたレールの上を走るトロッコの様なものです。トロッコは技能習得を目指して走り出します。目的を達成すると、技能が表に現れて、お役御免のトロッコは裏に引っ込みます。しかし、トラウマを受けるとトロッコが表に現れて走り出すのです。
 フロイトの糸巻き遊びに戻って、乳幼児は突然の母親不在を、ショックを受けない程度に体験できると、そこに「いないいないばあ」の原型を見出し、それを繰り返して遊ぶようになります。いや、子供の驚き・泣き叫びに反応した母親が「ほらママはここにいるよ」と抱きかかえる瞬間に、子どもは遊び(興奮)を発見するのかもしれません。その後、子どもと母親は互いに反応し合って、「いないいないばあ」を遊ぶようになるのです。そしてよちよち歩きの1歳半になると、子どもは玩具を対象に「いない」と「いた」で遊ぶようになり、その後に子どもたち同士で「かくれんぼ」をするようになるのです。
3.病的反復強迫について
反復強迫には2つの機能があると説明してきました。ここで臨床的に問題になる負の反復強迫について説明します。負の反復強迫はトラウマによって走り出すトロッコの様なものです。病的な反復強迫例として、繰り返される自傷行為や大量服薬、DV、過食嘔吐症、買い物依存、ギャンブル依存、などがあります。自閉症や知的障害の子どもに見られる常同行為もこの反復強迫と考えられます。さらに反復強迫が人間関係に再演されるのをフロイトは転移と呼びました。つまり、過去の重要な養育者に向けられた感情や態度が、本人には気づかれないまま現在の対人関係に繰り返されるのです。過去に、それも幼少期に体験したであろう養育者との関係が現実の人間関係に再演されるのです。日常的に恋人や結婚相手に自分の親に似た異性、あるいはそれとは全く逆の異性を選ぶことは皆さんも否定できないでしょう。
4.トラウマに弱い人と強い人
ところで、大人になってトラウマを受けた者のすべての人がPTSDや病的な反復強迫に苦しむわけではありません。何割の人が苦しむようになるかはっきりとした数字は明らかになっていませんが、急性の驚愕反応ですむ人もいますし、速やかに正常に回復する人もいるのです。それでは正常と異常反応の両者を分けるものは何なのか?私は次のように考えています。
橋爪大三郎/植木雅俊共著の『ほんとうの法華経』(ちくま新書、2015)を読んで知ったのですが、法華経では何故苦しみが生まれるかというと「内在的な因と、外からの助縁・・・。因と縁が和合することにより、果が刻まれる」と考えるのですね。この考えはフロイトの考え方とそっくりなのです。フロイトは神経症の原因は幼児期体験と生まれ持った体質(素因)に現実の偶発的体験(トラウマ的)が加わって起きると考えました。植木氏の例えを使うと、大雨が降って山崩れするのは地盤が緩んでいるという因と大雨という縁による結果です。主に幼少期の母子関係のペアリング不足によるパーソナリティ構造の未熟さやトラウマに驚愕しやすい体質を持っていると、子どもは「私は悪い子」空想の中で生活することが増え、大人になって現実生活におけるトラウマによって病的な反復強迫が起きると考えられます。
脳神経系の発達とそれに伴う心の誕生は中田力によると「大脳皮質の学習法が集計的であり、記憶の集合体として作られる心の形成過程がポリアの壺の原則に従うということは、成長した人間の心の持つ特徴には、強い幼児期依存性があることを意味している」と言います。すなわち、人間の心にとって幼少期の母親との愛着関係がその後の発達に大きいと述べているのです。私の臨床経験では1歳半以前のトラウマ、例えば母親のペアリング不足、脳に直接害を与える食べ物、そして長時間のテレビ視聴など、は人間の心に多大な害を及ぼし発達障害の可能性を与えます。1歳半から3歳までのトラウマは記憶されることはないのですが、幼少期からいろんな領域で生き辛さを抱えた子供になり、長じてパーソナリティ障害を患う可能性が高くなります。3歳以降のトラウマになるとパーソナリティ構造に歪みは少なく、記憶を辿ることが可能になってきますので、対話による治療が可能になります。

V.反復強迫(特に自傷行為)の治療
1. 止めさせようとしない
 繰り返される自傷行為を止めなさいと叱ったり諭したりして止めることは稀です。それどころか、ますます自傷行為はひどくなることがあります。というのは、自傷行為は自己治療的側面もあって、@心理的苦痛に打ち克つために身体的苦痛を与える、A「悪い自分」を罰する、B感情をコントロールする、C他者を支配する、D怒りを表す、E無感覚に打ち克つ、などのために行われるからです(ガンダーソン2001)。自傷行為に代わる具体的な方法でもあれば止めるように勧めてもいいと思うのですが、その準備もないのに感情的になって「止めなさい」とは言わない方がよいでしょう。
例えば感情のコントロールが上手くできないために自傷行為に走っている人の場合、まずコントロールできるように援助しなければなりません。薬物治療が助けになることもありますし、感情を揺さぶっている対人関係などの環境調整が欠かせない場合もあります。一筋縄ではいかぬ問題を抱えているから反復される、ということを肝に銘じておきましょう。
心理的苦痛に打ち克つために身体的苦痛を与える、「悪い自分」を罰する、怒りを表す、無感覚に打ち克つ、といった複数の理由を抱えている場合は、長期の治療が欠かせません。それには以下に述べるようなペアリングを目的に行う精神療法(対話による治療法の一つ)が助けになります。
 2.ペアリングが鍵を握る
このペアリングのよい例として女性の分析家ジャン・エイブラムは、ウィニコットの攻撃性に関する理論について以下のように述べています。「外部環境は幼児が自らの生まれつきの攻撃性を扱う方法に影響を与える。よい環境において、攻撃性は作業や遊びに関連する役に立つエネルギーとして個々のパーソナリティのうちに統合されるが、一方で剥奪された環境においては暴力や破壊を生み出すことになる」と。DVもトラウマが関与する病態だと私は考えています。ここで述べる準備がなかったので、次回にでも取り上げようと思っています。
赤ん坊と母親のペアリングの失敗によって自傷行為のひな型(「私は悪い子」空想)が形成され、患者と主治医のペアリングによって自傷行為という破壊的行動をより洗練された行動、たとえば反抗や自己主張へと変化させるアイデアが生まれます。フェレンツィは、「外傷の原因となった耐え難い過去と現在とを正反対にするものは」、患者の主治医に対する信頼にあると主張し、主治医が「(患者に)批判することを許し、自らの失敗を認め改めるならば、患者の信頼を勝ち取る」と述べました。つまり、患者の分析をするだけではなく、分析家自身の心の内に起きる感情を避けることなく直面しなさい、というのです。そうして治療がうまく進まない原因が分析家自身にあるなら、謙虚に謝罪しなさいと考えたのです。そうすることでかつて患者の心を苦しめた心理的体験の生きなおし(ペアリング)が生れるというのです。私は、「私は悪い子」空想は3、4歳以前の声にならない環境側のペアリング失敗による外傷体験によって刻印された自己イメージだと思っています。よって、治療では治療医と患者との間で「ペアリングのし直し(生きなおし)」の治療過程を必要とするのです。
3.トロッコは何を乗せて走るのか
 患者と主治医や心理士とのペアリングのし直しにによって、トラウマによって呼び起こされた反復強迫が何を意味していたのかが次第に分かるようになります。行動療法では反復される強迫症状に意味はないと考えますが、精神分析では症状形成の意味を探求する治療法です。外傷後ストレス障害PTSDの治療ではトラウマをどのように経験したのかを詳しく聞くよりもトラウマを受けた時の感情に注目することが大変重要になります。トラウマの状況を想起することが再びトラウマになるので、探求的な治療法は状態を悪化させることが多いからです。トラウマ状況を想起させるのではなくて、トロッコに乗っているのは何か?という問いが治療的になるのです。それはトラウマを受けたときの恐怖、無力感、怒りといった情動や「私は悪い子」空想なのです。ペアリングによってそのことが患者にも治療医にも明らかになってくると、トロッコは走るのを止めて、症状は改善するのです。

 W.さいごに
 1回目の臨床ダイアリーは「トラウマと反復強迫」についてでした。反復強迫は2種類あって、正の反復強迫は脳神経系の発達に欠かせないが、負のそれはトラウマによって引き起こされてトラウマ状況を繰り返し再現していく病的な現象なので、専門的な治療を必要とするのです。

初出:外来精神科診療シリーズpartU精神疾患ごとの診療上の工夫
『メンタルクリニックでの主要な精神疾患への対応[2]].中山書店、2016.に投稿した「外傷体験と自傷・解離」です。
posted by Dr川谷 at 13:26| Comment(0) | 臨床ダイアリー
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