2016年04月18日

過食嘔吐症に苦しむ患者さんの食事療法

2016.04.18(月曜日)『過食症に苦しむ患者さんのための食事療法』
T.はじめに
 食べ過ぎに悩む女性は1980年代のアメリカの女性向けの雑誌の報告では約8%と言われてました。それから30年以上が経ちました。摂食障害の統計は日本では報告されていませんが、アメリカ精神医学会(APA)の報告では神経性やせ症(12ヶ月有病率は約0.4%)、神経性過食症(12ヶ月有病率1〜1.5%)、過食性障害(12ヶ月有病率は女性1.6%、男性0.8%)と言われています。大雑把に計算して、思春期〜青年期のアメリカ人女性の4〜5%は摂食障害に苦しんでいると言ってよいでしょう。減量を要求されるモデル、バレリーナ、そしてアイススケート、新体操、陸上などのスポーツ選手は一般人よりも発病率は高いと言われています。
 当院にも過食嘔吐症(神経性過食症)に苦しむ女性患者さんが多く受診されています。治療は薬物治療や精神療法などを行っていますが、なかなか治療は困難で成功率は50%程度だと思います。こ数字は私にとっては頭が痛いところです。どうして治療が難しいのか?その理由には3つ原因があるようです。
 1.痩せたい、太るのが怖いと思っている
 痩せ希求と肥満恐怖という症状が手ごわいためになかなか治療が進みません。健康な食生活を取り入れるのが患者さんにとっては恐怖なのです。それもカロリー神話という古くて間違った情報を鵜呑みにしていることが多いのです。
 2.治したいという気持ちの一方で治したくないとも思っている
おそらく多くの方は、治したいと思って通院しているのに治したくない、という気持ちがあるのは変だと思うでしょう。でも、これは事実なのです。私の診察の時には過食を治したいと表明しながら、医院を一歩出ると、家に帰って何を食べるかで頭が一杯になっているのです。治したい気持ちと過食したい気持ちが互いに干渉せずに共存しています。スイッチがオンとオフに切り替わるかのようです。この心理状態を専門的にはスプリットsplitと呼びます。過食したい、治したくないという気持ちと同時に過食を止めなければという気持ちが同時に浮かんで来たら、つまり過食しようという気持ちと戦おうとするなら、治療的には一歩進んで葛藤的になるので大歓迎です。
3.炭水化物依存症は辛い
 なぜ、治したくないかというと過食する食べ物の内容に影響されるからです。試しにどうせ過食したいなら野菜やお肉にしてはどうですか、と問うてみてください。きっと、そのやり方は却下されます。うまく吐けないのと、直ぐにお腹が一杯になって食べたという満足が得られないからです。
過食嘔吐症の全ての方たちは炭水化物を好んで食べて吐きます。昔から甘いものや炭水化物は別腹と言って大量に食べられます。満腹中枢を他の食材ほど刺激しないからです。大量に食べて、それも美味しくて、かつ吐きやすいという理由から炭水化物以外で過食する人は皆無と言ってよいでしょう。APAが出している雑誌Journal of American Psychiatryという雑誌に発表されていたのですが、炭水化物依存症の患者さんの脳は食べたいと考えただけで脳の島insulaという部位がピコピコと興奮しだして炭水化物を摂取するように命令すると言います。診察の時には止めたいと言ってたのに、次の瞬間には何を食べるかで余裕を失くしてしまうというのです。
 過食嘔吐症の患者さんの治療が難しいのは3つの原因があると申しました。それでも1と2は診療の中で扱うことができます。さらに重要なことは3番目の炭水化物依存症に対する食事療法も1番と2番に劣らないほどに重要だということです。本小論では、過食嘔吐症に悩む方たちのための食事療法について述べてみたいと思います。
U.血液中の糖質(グルコース)を過剰に増やさない
 食事療法でもっとも重要なのは、炭水化物をどれくらい摂取すると健康につながるか、ということです。糖質(グルコース)とはブドウ糖のことです。主に食事から摂取された炭水化物はグルコースとして身体に吸収されます。吸収されたグルコースは主に身体のエネルギー源として利用され、余ったグルコースは中性脂肪になります。血液中のグルコースは常にある一定の濃度100r/dlを保っています。ですので、48kgの体重の人の血液中には糖質はわずかティースプーン1杯(4g)の量しかありません。60sの体重の人は5g程度しか体の中に存在しないのです。だから食パンを一枚食べるだけで体の中のグルコースは急増するのです。
食後は血糖値が高くなるけど、膵臓からインスリンが分泌されて主に肝臓、筋肉、脳に運ばれてエネルギー源として利用され、食間では常に100r/dlを維持しています。空腹時にご飯を食べる余裕がないときは、グルコースは肝臓から作られて常に一定の濃度を保っています。貯えた脂肪を燃やしてエネルギーにするので体重は減少します。ですので、甘いもの、たとえばコーヒーに角砂糖を1個(4g)入れて飲むと、大雑把ですが血液中のグルコースの濃度はあっという間に約180r/dlになって、それをエネルギー源として消費しないと中性脂肪に作り変えられて皮下脂肪として貯蓄されます。砂糖4gは16カロリーに相当し、運動で燃やしてしまうには約5分間歩かないといけない。コンビニのおにぎりを1個食べると、身体の中では180カロリーのグルコースになるので、それを燃やすには1時間近く歩かないと中性脂肪になってしまう。
 このように、中性脂肪はグルコースから作られるので、血液中のグルコースを上げないように食事を摂ると太らないのです。たとえばカロリーの高いステーキを食べても、肉には炭水化物は多く含まれていないので、つまり中性脂肪になる率は少ないので、食べても思った以上には太らないわけです。
 1.血液中のグルコースを高くするものを制限する
GI値(グルコースインデックス)の60以下を摂るように心がけましょう。スマホで調べられますよ。通常よりも多めに食べて太らない食材はGI値20以下と覚えておきましょう。果物では梨、桃などです。果物でもスイカやパイナップルは太ります。ミカンやリンゴはいいでしょうね。常日頃、スマホで調べて記憶しておくといいでしょう。
 2.砂糖、でんぷんは控えましょう
 @甘いもの:砂糖の入ったもの⇒ジュース、コーラ、アイスクリーム
特に、トウモロコシから作ったブドウ糖果糖液糖は砂糖より性質が悪い。  全てのお菓子とジュースやヨーグルトやヤクルトなどにも使われています。商品を買うときにラベルを調べてみよう。
 A米:ご飯、おにぎり、すし、チャーハン(具が入っている分ご飯よりまし)
 B小麦:パン、うどん、ソーメン、ラーメン、お好み焼き、パスタ、ケーキなど
 C野菜:トウモロコシ、カボチャ、ニンジン
  トウモロコシは身体に優しいイメージがありますね。でも食べ過ぎてはいけません。というのは、アメリカでトウモロコシを作りすぎてメキシコに輸出して、トウモロコシから作った甘いブドウ糖果糖液糖をじゃんじゃんメキシコ人に食べさせて、メキシコ人に肥満が増えて社会問題になっているのですよ。ニンジンは昔懐かしい独特の香りのするニンジンは健康に、特にがん予防には良いでしょう。最近の薄味で甘いニンジンに糖質が多いので要注意です。
  Dイモ類:ジャガイモ、サツマイモ、サトイモなど
    植物繊維の多いサツマイモやサトイモも多くは食べないこと。昔から石焼き芋は女性の敵でしたよね。塩分が含まれている上に悪い油(ショートニング)で揚げているポテトチップスは食べては駄目ですよ!
 3.果物は種類を選ぶ
  巨峰は甘いので注意。スマホでGI値を調べよう。
  梨、リンゴ、ミカンなどは安心して食べてよいでしょう。甘いパイナップルは止めたほうが良い。食べるなら40以下にしましょう。
 4.ご飯やパンは野菜と一緒に食べると吸収率が下がる 
  ご飯1杯よりも納豆ご飯1杯の方が、吸収率が落ちるので太りにくい。
  白ご飯よりも混ぜご飯やチャーハンの方が糖質の吸収率は落ちます。
  ご飯を食べたいときは、卵や納豆などを加えて一緒に食べるとよいです。
 5.過剰な血液中の糖質は老化現象の原因になる
  血液中に過剰にグルコースがあると、血液中のたんぱく質と結合してAGEという物質になって、皮膚や血管などの老化を勧めます。肌のくすみやシミ、血管の動脈硬化はこのAGE物質が原因です。なので、血液中にグルコースを増やさないことです。つまり、糖尿病にならないような食生活を心がけるといいでしょう。短期間に20s以上太った人の内臓脂肪は、そのままにしておくと冠動脈に動脈硬化を引き起こして心臓病の原因になるので要注意です。
V.体によいアブラ(脂肪)を摂ろう
 脂肪を摂っても炭水化物よりもカロリーは高いけど太りにくい。というより、太らないと考えていいでしょう。中性脂肪が皮下に蓄えられて、その結果太るのであって、卵を6個食べても脂肪として皮下に蓄えられることはなく、エネルギー源や身体の成分になります。脂肪はグルコースの代わりに燃料として使われ、女性ホルモンや皮膚や脳神経の細胞膜の原料に使われるので、脂肪として蓄えられることはない、と考えましょう。しかし、最近の食品には悪い油が使われているのでその知識は得たほうが良いでしょう。
 1.悪い油
 サラダオイルは身体に悪いので使わないことです。常温で液体にするために、身体によいと言われていたリノール酸を高熱で処理するので身体に毒性をもつ油になります。ファーストフード店の油は何を使っていると思いますか。デパ地下のコロッケがサクサクしているのはなぜだと思いますか。企業努力で油を改良している会社もありますので、インターネットで調べてチェックする習慣をつけましょう。某店のフライドポテトはプラスチックに似た構造の油を使うので、部屋の片隅に捨てておいても、カビも生えず、ゴキブリも口にしないので要注意です。
 次に悪いのがパーム油。菓子箱のラベルには食物油脂と表記されることが多い。家庭で使うことは少ないでしょうが、ほとんどのお菓子に使われています。フランスやベルギーのお菓子には使われなくなっていますが、日本では今でもじゃんじゃん使われています。いつまでもサクサク感を保つので、デパ地下の天ぷらやコロッケなどの業務用油として使われています。ビスケットがしけない理由もこのパーム油のお陰です。
 もっとも悪い油がトランス脂肪酸です。テレビなどで耳にしたことがあるでしょう。その代表はマーガリンとショートニングです。欧米ではマーガリンは禁止されていますが、日本では病院食や学校の給食にも平気で使われています。パン、ケーキ、ドーナツ、クッキーといった洋菓子類、スナック菓子、生クリームなどに含まれています。老化を促進させる油です。その結果、認知症へまっしぐら、です。
 2.良い油
 使ってよいのは、エクストラバージン・オリーブオイル、米油(米ぬか油)、エゴマ油、ゴマ油です。いずれも値段が高いのが欠点です。ただ、オリーブオイルは不良品が輸入される場合があるので、品質を調べる必要があります。先ず、色のついた瓶をつかっていること、ラベルを調べる習慣を身につけましょう。イタリア製とラベルに記載されていても不良品が紛れていることがあるようです。オリーブ油を買うときは、瓶詰の日付か輸入日が印刷してあるのがお勧めです。製造日を知るためには、酸度(Acidita:0.8以下)や過酸化物(Perossidi:20以下)の表示が参考になります。酸度が0.1〜0.2のものは香りもよく風味もあります。
 揚げ物にはオリーブオイルか米ぬか油を使うといいです。唐揚げも米ぬか油で揚げましょう。決して、サラダオイルを使わないことです。菜種油では、特にキャノーラ油は避けましょう。カナダ産の菜種油を家庭用に仕上げる段階で高熱処理しますので、ヒドロキシノネナールという毒が発生します。
それと、ラードは身体に悪いと言われてましたけど、サラダオイルよりはマシなので、避ける必要はありません。沖縄の人が長命なのは、ラード、海藻、豚肉、ゴーヤーを中心とする野菜を多く食べるからと言われていました。でも、最近はファーストフード店のモノを多食し、サラダオイルを使うようになって長野県にその座を譲ってます。バターも食して大丈夫です。バターで太るのではなくてパンで太るということを頭に入れておきましょう。油は身体を温めて代謝を亢進するので安心して食べてください。寝る前にエゴマ油を大さじ1杯飲むと、腸内の善玉菌が増えて、お通じが良くなり、若い肌を手に入れます。エゴマ油は身体に吸収されるとDHAになり、脳の働きを良くし、血液をサラサラにして、肌の細胞壁の原料になるのでお勧めです。かつ、新陳代謝を高めるので体重を落とせます。イタリア人は毎朝オリーブオイルを大さじ1杯飲む習慣がありますが、寝る前がいいでしょうね。
W.食物繊維とビタミンや酵素をたっぷりとりましょう
 野菜と果物をしっかり食べましょうということです。もちろん、果物は果糖が含まれているので摂りすぎはいけません。ミカン1個、バナナ1本、リンゴ1個程度は身体に負担にはなりません。積極的に食べましょう。20歳過ぎると、身体の中の酵素は少なくなっていきます。食べ物で補充するしかないので、野菜や果物を摂りましょう。酵素を多く含んでいる食用の酢もいいですよ。
野菜はしっかり食べましょう。野菜なら何でもボール一杯を食べるようにお勧めします。万能の野菜はブロッコリーです。便通にもよいし、認知症や癌防止にもなります。そしてキャベツを食べることをお勧めします。1週間に1玉を食べるように習慣化しましょう。ぶつ切りにしてポン酢をかけてモリモリ食べるといいですね。食前にキャベツを食べると、その後の糖質の吸収を低下させるのでお勧めです。特に、揚げ物を食べるときには必ずキャベツの千切りを食べるように習慣化してください。揚げ物では使う油と衣が身体に悪いので、あえて衣を外して食べるとよいでしょう。でも、それだとおいしくないので、衣を食べても野菜を多くとるように心がけて、食後にビタミンCを一杯摂りましょう。
生野菜食べるときにマヨネーズを使うのは慎重にしましょう。自分で作ったマヨネーズなら安心でしょうけど、市販のマヨネーズはサラダオイルを使っているので要注意です。太る心配はしないでよいのですが、サラダオイルによる老化現象がボデーブローのように後になってこたえてきます。ドレッシングにはエゴマ油を用いるとよいでしょう。塩は控えめにしたいですね。
大根は年中食べられるので、ご飯におろし大根を乗せて食べると糖質の吸収を低下させるので便利です。大根には水溶性と非水溶性の食物繊維がバランスよく含まれています。おでんの大根はおいしくて体にいいので食べましょう。かつてテレビの『おしん』で大根飯を食べているシーンがありました。貧しい人が食べる大根飯というイメージでしたが、昆布と鰹節で出汁を取って炊いた大根飯はとても味わい深く、そして食物繊維も多くて糖質の吸収を抑えてくれるので身体にはとてもいいのですよ。大根と同じくらい重要な食材にコンニャクがあります。糖質ゼロで腸を掃除してくれるので安心して食べられます。 
海藻は水溶性食物繊維と非水溶性食物繊維をバランスよく含んでいるので、みそ汁にワカメやアオサを入れるのはベターです。しかし、女性は海藻を男性ほど摂取しないほうがよいでしょう。甲状腺疾患になりやすいからです。みそ汁に入れたり、ときにモズクを食する程度でいいのはないでしょうか。焼きのりは葉酸が豊富なので大腸がんの予防になります。でも女性の場合、摂りすぎはいけないので、アボカド、ブロッコリー、キャベツ、レバー、枝豆などで葉酸を補うようにしましょう。アルコールを分解するのに葉酸を消費するので、酒飲みには大腸がんが多いのですよ。
X.発酵食品
 お勧めはぬか漬けと納豆です。納豆は夕食後が良いですね。それも毎日食べるように習慣化してください。炭水化物を制限すると、小腹が空くので、食事の最後に納豆でお腹を膨らませると、寝ているときに腸内を整えてくれます。ヨーグルトやヤクルトも体にいいのですが、商品のラベルを見てください。ブドウ糖果糖液糖が必ず含まれているので、太りやすい原因になります。そして、ヨーグルトは牛乳を使って発酵させるので、この牛乳を控えるためにもヨーグルトは避けたいですね。牛乳はカルシウムが多く含まれているので、骨粗しょう症の予防になると言われているけど、実はそうではないんです。確かにカルシウムの吸収は良いのですが、すぐに腎臓から排泄されるので、ゆっくりカルシウム濃度を高める小魚の方がいいのですよ。
さらに、漬物の塩分も控えめにしたいので漬物よりも納豆を勧めます。キムチも優れた発酵食品です。ラベルに調味料として何を使っているかを調べて食べるようにしてください。
Y.たんぱく質は安心して食べよう
 油ギトギトの牛肉は太るイメージがあるでしょう。でも、実際はそんなに太りません。肉に添えられているジャガイモやパンなどが肥満の原因になります。
良質のたんぱく質は卵です。卵は黄身のコレステロールと白身のたんぱく質から成ります。卵は1日に5,6個食べても太らないし、コレステロールの心配もありません。コレステロールは細胞膜やホルモンや胆汁の原料になるのでそれほど気にすることはありません。ゆで卵ダイエットが以前流行ったように、卵の油とたんぱく質ではカロリーが高い割には太らないのです。悪いのは、炭水化物を減らして、たんぱく質だけを食するという方法が悪かったのです。必ず、このようなやり方ではリバウンドします。
 青魚に含まれるDHAやEPAは身体に必要なのでしっかり食べましょう。そして、大豆製品が最高のたんぱく質になります。枝豆は納豆、豆腐に次ぐ良質のたんぱく質だと考えてよいでしょう。肉、魚、大豆の3つをバランスよく食べましょう。たんぱく質は腸で分解されてアミノ酸になって身体に吸収されます。そのアミノ酸を使ってたんぱく質を合成し人間は生きているのです。遺伝子の命令はこのたんぱく質で伝えられます。そして細胞膜や軟骨に欠かせないコラーゲンもたんぱく質から作られます。老化現象はこのコラーゲン不足も原因の一つです。
 それではコラーゲンはどうやって作られるでしょうか。アミノ酸を数珠つなぎにつないで作るのですが、その時に、ビタミンCが必要なのです。ですので、アンチエイジングにはビタミンCをたっぷりとる必要があります。コラーゲンは細胞の壁を作るのに欠かせません。コラーゲンが含まれている細胞はしっかり立方体を維持しますが、少ないとひしゃげた細胞になって、皮膚に張りがなくなり、ぶよぶよしてくるのです。ビタミンCは4時間で分解されるので、ドラッグストアで購入してちょこちょこ飲んでくださいね。1か月もすると、肌のシミは薄くなり、肌のつやもよくなってきます。ビタミンCによって抜け毛が減るのは毛根部のコラーゲンが増えるからだと言われています。
Z.実際の食事療法
 さー、これから実践編です。おいしく食べて健康になりましょう。
 1.日頃の食生活を見ましょう
 1日に何度食事をしていますか。もし、3度食べているのであれば、その内の1回は炭水化物を抜きましょう。2度だったら、その内の1回は炭水化物を半分に減らしましょう。そして減らした炭水化物の代わりにたんぱく質と野菜を食べましょう。
 2.具体的には
 朝食:パンと牛乳と目玉焼き/みそ汁にご飯と焼き魚だったら、
    ⇒パン/ご飯を止めて、目玉焼きと野菜ジュース。小腹がすくならGI値20以下の果物で補いましょう。野菜ジュースは市販のものでいいですよ。私の朝食は野菜ジュースだけです。時々、野菜ジュースとともにカゴメのラブレを飲みます。それで昼食までお腹が空くことはありません。
 昼食:いつものように食べましょう。ご飯や麺類を食べることが多いでしょうね。野菜と一緒に食べるか、あるいは最初に野菜を食べて最後に炭水化物としましょう。
 夕食:野菜をバリバリ食べることから始めましょう。甘いトマトは感心しません。その次に、たんぱく質、発酵食品を食べます。最後にご飯を軽くいっぱい食べて終わり。それも納豆ご飯にするとよい。卵料理はお勧めです。食べる順番も重要ですよ。炭水化物は最後に食べましょう。この時に、上に述べたことを頭に入れて食しましょうね。小腹が空きそうだったら、野菜やたんぱく質で補いましょう。この時期、鍋物がベストでしょうね。野菜をたっぷり食べて、肉、魚、豆腐でお腹を満たしましょう。最後のうどんやちゃんぽんは控えます。最後に、ナッツ類を一つかみ食べて終了。クルミやアーモンドがいいでしょう。
 3.注意事項
 @ リバウンドの危険性が高くならないように1ヶ月で2s以上体重を落とさないことを守りましょう。
 A お腹が空いても甘いものや炭水化物を避けてGI値20程度の果物やナッツ類を食べる。
  B 麺類は1週間のうちにご褒美として1、2回食べるようにすること。
    ⇒禁止するとよくないです。食事は楽しくおいしく食べましょう
  C 冷たいものは避けること。ビールはとりあえず小コップに一杯だけ。
  D アルコールは飲みすぎないように。日本酒やビールは糖質が多いので、飲むときは焼酎かウィスキーかポルフェノールの多い赤ワイン。
    ⇒ロックは止めてお湯割りがいいでしょう。氷で身体を冷やすと新陳代謝が低下して脂肪を増やすように身体が反応します。
以上、ネットなどで新情報を得て、おいしく食事しましょう。昨日、正しいと言われたことが明日には悪い、と言われることがよくあります。常に、新しい情報を得るように、勉強してくださいね。最後に適度な運動は続けましょうね。週に2、3日は30分以上の散歩を心がけましょう。では、健闘を祈ります。次回は食品添加物について報告する予定です。
posted by Dr川谷 at 20:44| Comment(0) | 臨床ダイアリー

2016年04月17日

怒りの内向についてーうつ病の理解のために―

2016.04.17(日曜日)『怒りの内向について』
T.はじめに
 最近になって気づいたことがあります。何人かのうつ病の患者さんからやる気が起きない、気分が晴れ晴れしない、自分は駄目だなーと思う、と気落ちした言葉を聞いたときです。患者さんに共通していたことは職場に戻り、あるいは大学に戻り、なかには専門学校に道を進めて間もないのに、「体がだるい。やる気が起きません。私は駄目です」と憂鬱そうにしているのです。そう判断するにはまだまだ早すぎるのではないか、と思うのですが、聞くと確かに抑うつ状態です。1か月前の3月には皆さんうつ状態から回復して表情も明るくやる気満々でした。私も大丈夫だと思っていました。
 なのに意気消沈して皆さんうな垂れているのです。そして「私は駄目な人間だ」と言って自分を責め続けるのです。そんなに自分を責めない方がいいですよ、とつい言いたくなるその瞬間に母の話を思い出しました。私の母が息子(私の兄)を亡くしてうつ状態に陥っていた時に、母の父親(私の祖父)がやって来て「(娘よ)泣くな。親よりも早く死んだ息子は親不孝者なんだ。泣いて自分を責めるのではなくて、親不孝の息子を責めろ」と言ったというのです。
この話は母から何度も聞かされていたので、精神科医になった当時うつ病の患者さんの診察のときによく思い出していました。そして、精神分析を学んでいた若い頃にフロイトの『悲哀とメランコリー』を読んで、祖父の言ったことは正しかったのだと驚いたものです。怒りの内向、というのがうつ病の心理機制なのです。本日は、このことを話題にして、最近になって気づいたことを書いてみたいと思います。
U.フロイトの『悲哀とメランコリー』(1917)
 フロイトはこの論文で悲哀とメランコリーを区別しました。誰しも愛する人や大切なモノを失ったときには悲しみに暮れます。しかしこの悲しみは時間とともに、喪の作業を経て、再び別の対象へ愛を向けられるようになります。喪の作業とは、肉親を失ったときの法事が一般的です。四十九日、一周忌、三回忌、十三回忌、と法事の際に亡くなった愛する人を思い出して悲しみを身内で共有することで悲しみが癒されます。
ところが、メランコリーの場合、愛する人を失った悲しみは悲哀と共通しますが、喪の作業は停滞し、外の世界への興味を失い、寝込んで何もできなくなり、そして永遠に自分を責め続けるのです。この自責の念は、現実とはかけ離れていて妄想的であることもあります。私が研修医の頃出会った切支丹の患者さんは、自分の体は不死なので海底深く沈み、永遠に苦しまなければならないと言ってました。
 1.メランコリー
 梓みちよの『メランコリー』は、私も古いですね、1976年にリリースされて大ヒットした曲です。「・・・・秋だというのに恋もできない、メランコリー、メランコリー・・・・・」というフレーズが思い出されます。本論で取り上げるメランコリーは精神医学用語の重度のうつ病のことであって、歌詞に出てくるメランコリー(哀愁)とは違います。
 さて、フロイトはメランコリーの心理機制を以下のように説きました。悲哀の反応が愛するものを失ったときに起きるのとは違って、メランコリーでは愛するものは具体的なものではなくて、観念的なものであると言いました。もちろん愛する人やペットを亡くしたとき、あるいは故郷を離れたときなどをきっかけにうつ病になることはあります。でもうつ病の患者さんの心の中では、何を失ったかを意識的にはよくつかめていないことが多いのです。
ある内科医はうつ病になって自分を責めて食事もとれなくなり仕事も手がつかなくなりました。そして、なぜそんなに苦しいのかと訊ねる家族に自分の処方した薬で患者さんに副作用が起きて自分はひどいことをしたからだ、と説明するのです。でも、よく聞くと、確かに医療事故はあったのですが、それは8年前のことで彼なりに誠意をもって償っていたことだったのです。それよりも彼の心は過去の出来事よりも自分がひどい医者であると責め続けているのです。
うつ病では対象喪失は悲哀反応のときほど意識されていません。周りの人が彼の心を理解しようとして落ち込んだ原因を探る、つまり喪失した対象を意識化させようとするのであって、患者さん自身はそのことにあまり関心を示していません。それよりも自分を責め、罵っているのです。悲哀の場合が失った人やペットが心の中に存在し続けているのと違って、うつ病の場合自らを見捨てた対象を責めているとは思わずに自分自身を責め続けているのです。
それではなぜ失った対象を責める代わりに自分を責め続けるのか?フロイトは失った対象に自分が成り代わって(精神分析的には自己愛的同一化)、失った対象を責める代わりに自分自身を責めるのだというのです。なぜ成り代わるのか?うつ病の患者さんの心の構成を注意深く見てみると、“良心”と呼ばれる部分がそれ以外の部分と対立し、良心を一つの重要な対象として捉え、自分は愛されるべき人間ではない、と考えているとフロイトは説きました。だから、自分を見捨てた人を憎むのではなく、私は見捨てられるに値する自分だと言って責め続けるというのです。 
2.怒りの内向=自責の念の背後にあるもの
うつ病を病んでいる人、あるいはうつ病に罹りやすい人の心の中は“良心”という対象と良心と対立する部分とに分かれて心を構成しているので、健康なときには秩序を愛し良心に従って考え行動するので周りからは高い評価を得ています。ところが、自分が良心という対象から愛されるべき人間でない、という現実の出来事が起きると、多くは愛する人を失うという体験をきっかけに、良心に成り代わって自分を責め続ける、というのがフロイトのうつ病理解です。
冒頭に戻って、元気になって現実社会に戻ったうつ病の患者さんの嘆きに耳を傾けていると、フロイトに倣うと、「復帰を許してくれた会社に申し訳ない」、「学校に行かせてくれた親に申し訳ない」「自分は駄目だ」という訴えは、以下のように翻訳し直すことができるでしょう。現実世界でうまくいかないのは、「甘えているからだ」「努力が足りないからだ」「もっと叱咤すべきだ」「努力が足りないからだ」と言って自分を責めているのです。久しぶりの社会復帰に戸惑い、そして当然疲れているはずなのに、“良心”の期待に応えていないという心の背景には“良心”の求めるハードルがとても高いということが分かります。別の言い方をしますと、“良心”の求める高さをこなせない自分が悪い、といって自責の念に苦しむのです。
この心理状態では何をやっても達成感は得られません。患者さんにとっては“良心”を頂点とする心の世界が現実であって、実際の現実社会はこころから締め出され否認されています。それで何人かの患者さんに「本当はもっとやれるはずだ。やれないのは努力が足りないからだ。甘えているせいだ、と思っていませんか」と訊ねてみました。皆さんそうだと言います。「でもそう考えるのはあなたにとって大変なことなのではないでしょうか」とコメントしますと、頷いてはもらえますが、患者さんには不満が残るようです。
V.自分に対する“怒り”の収め方
それでは、どうやったら自分に対する“怒り”を納め、自責の念にいたぶられないようにするか?フロイトの公式的に倣うと、「うまくいってない」と考えたこと自体が問題なのであってそれは“良心”に求められているハードルの高さに原因があります。だから、ハードルを低くすると、自分が失敗したと思わないで済むし、怒りも起きないものなのです。
でも、このような認知行動療法が教える「認知の歪み」で事が収束するといった、そんな簡単な作業ではないようです。というのは、この時の患者さんの心が二つにスプリットsplitしているからです。どういうことかと言いますと、“良心”の期待に応じようとする心の部分と、“良心”の期待に応じきれないでいる心の部分とに二分されているということです。そして“良心”の考えが正しいという審判が下るのです。でもよくよく考えてみると、“良心”の求めるものが高すぎるか、あるいは後者の判断が間違っているかもしれません。実際には失敗していないかもしれません。でも“良心”を愛する余り失敗したと幻想するのです。幻想という言葉を使ったのは、うつ病の患者さんは“良心”という対象と合体したい願望をもっているからです。なので、現実の出来事を客観的に見ることができなくなっているのです。
こんな話があります。私の叔母が2月の寒い日に我が家にやって来て、叔母は長い間うつ病を患っていたのですが、炬燵の中に足を入れない私の娘に早く炬燵に当たりなさと催促するのです。娘は当時幼稚園に通っていて寒がりの叔母と違って家の中ではスカートだけで十分なのです。にもかかわらず、叔母は私の娘と一体化して娘も寒かろうと心配しているのです。この一体化はうつ病の患者さんに共通する心理の一つでもあります。
ですので、ただ単純に、ハードルを下げるように勧めても解決にはなりません。それではどうしたらよいでしょうか。私はこのように考えています。一旦は患者さんのいう“良心”に応えきれないでいるという失敗、本当は失敗していないのかも知れませんが、を受け入れましょう。そして、だから自分を責めてうつ気分になっている、のだということを共有します。スプリットしている期待に応じきれないでいる自分を受け入れて、期待に応えようとする努力を言葉にするのです。そうすることによって、“良心”との合体願望とそれが叶わないでいる自分を統合する機会が得られるのではないかと思います。そのはざまで苦しんでいるということを患者さんが気づいたときに自分を責めるという怒りの内向から解放されるのだと考えるのです。
posted by Dr川谷 at 17:41| Comment(0) | 臨床ダイアリー

2016年04月04日

『トラウマと反復強迫』

2016.04.03(日曜日)『トラウマと反復強迫』
 
 T.はじめに
2016年6月に幕張メッセで開催される第112回日本精神神経学会で発表予定の「トラウマと反復強迫」が今日の話題です。昨年の春ごろから私の心の中でふつふつと湧いてきた臨床テーマの一つです。そのきっかけは、今春、中山書店から発刊された森山担当編集『外来精神科診療シリーズ メンタルクリニックでの主要な精神疾患への対応[2]』の原稿依頼です。そのタイトルは「外傷体験と自傷・解離」でした。その原稿を書いている間に自傷行為を繰り返す患者さんから学んだことが論文という形になったのです。それに推敲を重ねて発表したのが2016年1月に行われた2015年度精神分析セミナーにおける『トラウマ』の講演でした。その内容をもとに書いてみたいと思います。

 U.反復強迫とは何か
反復強迫とは「悲惨で、苦痛でさえあるはずの過去の出来事を、人生のさまざまな段階でくり返しながら、自分ではその出来事を自分が作っているとは気づかず、また過去の体験と現在の状況とのかかわりにも気づかずに続けている強迫」のことです(アメリカ精神分析学会『精神分析辞典』)。臨床的には外傷後ストレス障害(PTSD)に見られるフラッシュバックや悪夢といった不快な症状、繰り返される自傷や大量服薬、過食・嘔吐、ギャンブル依存、買い物依存、DV、強迫症状、常同行為などがあります。
 1.フロイトの反復強迫
反復強迫を最初に取り上げたのはフロイトです。彼は外傷性神経症(今日の外傷後ストレス障害)に苦しむ患者はなぜ過去の不快な出来事をフラッシュバックや悪夢として繰り返し体験するのだろうか、と疑問に思いました。フロイトは、『快感原則の彼岸』(1920)のなかで次のような考えを展開します。1歳半になる孫が、糸巻きを放っては「いないfort」と叫び、手繰り寄せては「いた Da」、と遊んでいるのを観察して、孫は母親の「不在」と「再現」とを現す「遊び」だと考えました。この時、なぜ不快な第一の消滅の行為のみ倦むことなく繰り返されるのか、と疑問を抱いたフロイトは、母親不在という受身的体験を能動的に演じることで不安・抑うつを解消しているのだ、と解釈したのです。
ここで話を変えることをお許しください。この他愛もない孫の糸巻き遊びを見て、フロイトはその行為の裏に母親とのトラウマを想定したのは何故なのか?フロイトは天才だからと言ってしまえがそれだけのことなのですが、この考えはアメリカ精神医学会が出している診断のためのマニュアル本『DSMシリーズ』にも記載されています。
実は、トラウマを遊びの中で再演するという考えは欧米ではよく知られていた事実だったのです。第二次世界大戦の悲劇を物語にした映画『禁じられた遊び』のテーマがトラウマと反復強迫です。ドイツ軍の飛行機の機銃掃射で両親と愛犬を失った幼い少女ポーレットは牛追いをしていた農家の少年ミシェルと友達になって彼の家族に温かく迎えられます。けれどもポーレットの悲しみは癒されません。ミシェルから「死んだものはお墓をつくるんだよ」と教えられ、二人は水車小屋に愛犬を埋葬しお墓を作ってあげます。それでも満足しないポーレットは様々な動物の死体を集めては、次々にお墓をつくっていきます。この行動が反復強迫なのです。ですから子どもの場合、トラウマを能動的に演じることで悲しみを癒しているという考え方は、フロイトの時代の精神医学界ではすでに共有されていたのかもしれません。
フロイトの天才たる所以は、この反復強迫がトラウマに由来し、「なんら快感の見込みのない過去の体験、すなわち、その当時にも満足ではありえなかったし、ひきつづき抑圧された衝動興奮でさえありえなかった過去の体験を再現するということである」、「精神生活には、実際に快感原則の埒外にある反復強迫が存在する」と述べたことです。フロイトは「反復強迫は快感原則をしのいで、より以上に根源的、一次的、かつ衝動的であるように思われる」と結論づけ、この反復強迫は人間に備わっている本性の一つだと考えました。
2.2種類の反復強迫
ポーレックとミシェルのお墓つくりはエスカレートして、終には墓地の十字架を盗んで自分たちのお墓に使おうと思いつきます。6歳以下の子どもたちにとってトラウマは遊びの中で再演されます。しかし子どもたちにとってその遊びが過去のトラウマ体験の焼き直しであるという思いはありません。延々と繰り返されるだけです。しかしこの繰り返しは私たち人間にとって、他の動物でも同じように見られるのですが、脳神経系の発達に寄与する行為でもあるのです。そこで、赤ん坊の発達を見てみましょう。
乳幼児が乳首を吸う、噛む、喃語を喋る、物を掴む、物を放る、つかまり立ちから歩きだす、といった一連の発達行動は反復強迫(練習)が土台になります。生後間もない赤ん坊は母乳を呑むことは誰にも教わっていません。生存に必要なことなので、本能的な行為ですでに遺伝子によってプログラム化されています。一方、1、2ヶ月が経過すると、赤ん坊はしきりに手足をバタバタさせることを繰り返すようになります。一見すると、意味のない無目的な行動に見えます。しかし、手のひらや足の裏に指をあてがうと、赤ん坊はそれを掴もうとします。突き出した手や足で何かを感じ取り、赤ん坊にとって意味が付加されていきます。自ら積極的に生活する技を学習しようとする瞬間です。それはちょうど自転車に乗れるようになる、漢字を書けるようになる、のと同じ反復練習の基礎になるのです。MBLのイチロー選手の試合前の練習がまさにこの反復強迫です。それは先に述べたトラウマ後の反復強迫と違って正の反復強迫と言えましょう。
さらに成長すると、喃語を喋るようになり、母親はそれに反応し、赤ん坊は微笑み返しをします。その可愛らしさに母親が再び反応する。これらの乳幼児の行動に母親がうまく反応することで脳は発達するのです。言い換えると遊ぶことを学ぶのです。それとは逆に、母親の対応が拙いと、子どもは遊びを知らない子どもに成長するかもしれません。それはiPhonとiWatchの関係に似ています。この二つの機械が互いにペアリングしないと作動しないように、母親が幼児の行動にペアリングしないと遊びへと発展せず、後の病的な行動の基礎になるです。
この正の反復強迫(練習)によって動物は生きていくうえで欠かせない技能を身につけていきます。それは遺伝子によってプログラムされたレールの上を走るトロッコの様なものです。トロッコは技能習得を目指して走り出します。目的を達成すると、技能が表に現れて、お役御免のトロッコは裏に引っ込みます。しかし、トラウマを受けるとトロッコが表に現れて走り出すのです。
 フロイトの糸巻き遊びに戻って、乳幼児は突然の母親不在を、ショックを受けない程度に体験できると、そこに「いないいないばあ」の原型を見出し、それを繰り返して遊ぶようになります。いや、子供の驚き・泣き叫びに反応した母親が「ほらママはここにいるよ」と抱きかかえる瞬間に、子どもは遊び(興奮)を発見するのかもしれません。その後、子どもと母親は互いに反応し合って、「いないいないばあ」を遊ぶようになるのです。そしてよちよち歩きの1歳半になると、子どもは玩具を対象に「いない」と「いた」で遊ぶようになり、その後に子どもたち同士で「かくれんぼ」をするようになるのです。
3.病的反復強迫について
反復強迫には2つの機能があると説明してきました。ここで臨床的に問題になる負の反復強迫について説明します。負の反復強迫はトラウマによって走り出すトロッコの様なものです。病的な反復強迫例として、繰り返される自傷行為や大量服薬、DV、過食嘔吐症、買い物依存、ギャンブル依存、などがあります。自閉症や知的障害の子どもに見られる常同行為もこの反復強迫と考えられます。さらに反復強迫が人間関係に再演されるのをフロイトは転移と呼びました。つまり、過去の重要な養育者に向けられた感情や態度が、本人には気づかれないまま現在の対人関係に繰り返されるのです。過去に、それも幼少期に体験したであろう養育者との関係が現実の人間関係に再演されるのです。日常的に恋人や結婚相手に自分の親に似た異性、あるいはそれとは全く逆の異性を選ぶことは皆さんも否定できないでしょう。
4.トラウマに弱い人と強い人
ところで、大人になってトラウマを受けた者のすべての人がPTSDや病的な反復強迫に苦しむわけではありません。何割の人が苦しむようになるかはっきりとした数字は明らかになっていませんが、急性の驚愕反応ですむ人もいますし、速やかに正常に回復する人もいるのです。それでは正常と異常反応の両者を分けるものは何なのか?私は次のように考えています。
橋爪大三郎/植木雅俊共著の『ほんとうの法華経』(ちくま新書、2015)を読んで知ったのですが、法華経では何故苦しみが生まれるかというと「内在的な因と、外からの助縁・・・。因と縁が和合することにより、果が刻まれる」と考えるのですね。この考えはフロイトの考え方とそっくりなのです。フロイトは神経症の原因は幼児期体験と生まれ持った体質(素因)に現実の偶発的体験(トラウマ的)が加わって起きると考えました。植木氏の例えを使うと、大雨が降って山崩れするのは地盤が緩んでいるという因と大雨という縁による結果です。主に幼少期の母子関係のペアリング不足によるパーソナリティ構造の未熟さやトラウマに驚愕しやすい体質を持っていると、子どもは「私は悪い子」空想の中で生活することが増え、大人になって現実生活におけるトラウマによって病的な反復強迫が起きると考えられます。
脳神経系の発達とそれに伴う心の誕生は中田力によると「大脳皮質の学習法が集計的であり、記憶の集合体として作られる心の形成過程がポリアの壺の原則に従うということは、成長した人間の心の持つ特徴には、強い幼児期依存性があることを意味している」と言います。すなわち、人間の心にとって幼少期の母親との愛着関係がその後の発達に大きいと述べているのです。私の臨床経験では1歳半以前のトラウマ、例えば母親のペアリング不足、脳に直接害を与える食べ物、そして長時間のテレビ視聴など、は人間の心に多大な害を及ぼし発達障害の可能性を与えます。1歳半から3歳までのトラウマは記憶されることはないのですが、幼少期からいろんな領域で生き辛さを抱えた子供になり、長じてパーソナリティ障害を患う可能性が高くなります。3歳以降のトラウマになるとパーソナリティ構造に歪みは少なく、記憶を辿ることが可能になってきますので、対話による治療が可能になります。

V.反復強迫(特に自傷行為)の治療
1. 止めさせようとしない
 繰り返される自傷行為を止めなさいと叱ったり諭したりして止めることは稀です。それどころか、ますます自傷行為はひどくなることがあります。というのは、自傷行為は自己治療的側面もあって、@心理的苦痛に打ち克つために身体的苦痛を与える、A「悪い自分」を罰する、B感情をコントロールする、C他者を支配する、D怒りを表す、E無感覚に打ち克つ、などのために行われるからです(ガンダーソン2001)。自傷行為に代わる具体的な方法でもあれば止めるように勧めてもいいと思うのですが、その準備もないのに感情的になって「止めなさい」とは言わない方がよいでしょう。
例えば感情のコントロールが上手くできないために自傷行為に走っている人の場合、まずコントロールできるように援助しなければなりません。薬物治療が助けになることもありますし、感情を揺さぶっている対人関係などの環境調整が欠かせない場合もあります。一筋縄ではいかぬ問題を抱えているから反復される、ということを肝に銘じておきましょう。
心理的苦痛に打ち克つために身体的苦痛を与える、「悪い自分」を罰する、怒りを表す、無感覚に打ち克つ、といった複数の理由を抱えている場合は、長期の治療が欠かせません。それには以下に述べるようなペアリングを目的に行う精神療法(対話による治療法の一つ)が助けになります。
 2.ペアリングが鍵を握る
このペアリングのよい例として女性の分析家ジャン・エイブラムは、ウィニコットの攻撃性に関する理論について以下のように述べています。「外部環境は幼児が自らの生まれつきの攻撃性を扱う方法に影響を与える。よい環境において、攻撃性は作業や遊びに関連する役に立つエネルギーとして個々のパーソナリティのうちに統合されるが、一方で剥奪された環境においては暴力や破壊を生み出すことになる」と。DVもトラウマが関与する病態だと私は考えています。ここで述べる準備がなかったので、次回にでも取り上げようと思っています。
赤ん坊と母親のペアリングの失敗によって自傷行為のひな型(「私は悪い子」空想)が形成され、患者と主治医のペアリングによって自傷行為という破壊的行動をより洗練された行動、たとえば反抗や自己主張へと変化させるアイデアが生まれます。フェレンツィは、「外傷の原因となった耐え難い過去と現在とを正反対にするものは」、患者の主治医に対する信頼にあると主張し、主治医が「(患者に)批判することを許し、自らの失敗を認め改めるならば、患者の信頼を勝ち取る」と述べました。つまり、患者の分析をするだけではなく、分析家自身の心の内に起きる感情を避けることなく直面しなさい、というのです。そうして治療がうまく進まない原因が分析家自身にあるなら、謙虚に謝罪しなさいと考えたのです。そうすることでかつて患者の心を苦しめた心理的体験の生きなおし(ペアリング)が生れるというのです。私は、「私は悪い子」空想は3、4歳以前の声にならない環境側のペアリング失敗による外傷体験によって刻印された自己イメージだと思っています。よって、治療では治療医と患者との間で「ペアリングのし直し(生きなおし)」の治療過程を必要とするのです。
3.トロッコは何を乗せて走るのか
 患者と主治医や心理士とのペアリングのし直しにによって、トラウマによって呼び起こされた反復強迫が何を意味していたのかが次第に分かるようになります。行動療法では反復される強迫症状に意味はないと考えますが、精神分析では症状形成の意味を探求する治療法です。外傷後ストレス障害PTSDの治療ではトラウマをどのように経験したのかを詳しく聞くよりもトラウマを受けた時の感情に注目することが大変重要になります。トラウマの状況を想起することが再びトラウマになるので、探求的な治療法は状態を悪化させることが多いからです。トラウマ状況を想起させるのではなくて、トロッコに乗っているのは何か?という問いが治療的になるのです。それはトラウマを受けたときの恐怖、無力感、怒りといった情動や「私は悪い子」空想なのです。ペアリングによってそのことが患者にも治療医にも明らかになってくると、トロッコは走るのを止めて、症状は改善するのです。

 W.さいごに
 1回目の臨床ダイアリーは「トラウマと反復強迫」についてでした。反復強迫は2種類あって、正の反復強迫は脳神経系の発達に欠かせないが、負のそれはトラウマによって引き起こされてトラウマ状況を繰り返し再現していく病的な現象なので、専門的な治療を必要とするのです。

初出:外来精神科診療シリーズpartU精神疾患ごとの診療上の工夫
『メンタルクリニックでの主要な精神疾患への対応[2]].中山書店、2016.に投稿した「外傷体験と自傷・解離」です。
posted by Dr川谷 at 13:26| Comment(0) | 臨床ダイアリー